「作家主義 韓国映画」

11人の韓国映画作家たちの孤独かつ、苛烈な闘いの軌跡。

いま、韓国の作家映画に世界の注目が集まっている。映画大国である韓国ではハリウッドのようなエンターテイメント性の高い映画がメインストリームであるが、作家の映画が根強く生き続けており、それは、さらに多様に更新され続けている。

ジャンルに囚われず、自己表現にこだわり、映画的魅惑に到達する韓国の作家映画たち。

私たちは“「映画」は、アートである”と信じる。現代映画の潮流に抗うような、その佇まい。ひと言では表現できない、その複層的な魅力。独自の演出と、その刺激的な映像世界。

作家で、いま一度、映画を見るということ=「作家主義 韓国映画」。そのタイトルのもとに、世界をリードすると言っても過言ではない、韓国映画の作家たちのロングインタビュー集、加えてその映画論をお届けする。

新鋭の女性監督であるパク・チワン、ユン・ダンビ。「はちどり」の日本での大ヒットも記憶に新しいキム・ボラ。「アジョシ」のイ・ジョンボム、「慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ」のチャン・リュル(12月には「柳川」が公開)、「ひと夏のファンタジア」のチャン・ゴンジェ。そして、パク・チャヌク、ナ・ホンジン、ホン・サンス、ポン・ジュノという韓国を代表する監督たち。表紙も含め、多くの企画を費やしたのが、イ・チャンドンだ。

ここには、韓国映画と作家たちの過去・現在、そして、未来がある。

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「作家主義 韓国映画」

定価:2,420円(税込)
発行:A PEOPLE(エーピープル)株式会社
販売:ライスプレス
2022年12月19日(月)発売予定

1
イ・チャンドン
Lee Chang-dong

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インタビュー

「見やすい映画を観客が望み、作り手がそれに
応える現代の流れに逆行したいと思いました。
生きること=人生とは何か。世界とは何か。
それを問いかけて、自分なりに推察して、
考えてほしいという想いがありました」

イ・チャンドンは、光の作家である。これまでの作品のタイトルたちは、すべて光の隠喩かもしれない。そして、おそらく彼は唯物論者なのだ。「オアシス」でも、光を唯物として画面におさめ、冒頭、タペストリーに差し込む光をシンボリックに捉えつつ、最終盤で、光の存在をダイレクトに人物たちの物語を締めくくる具体的なファクターとして結実させていた。

1 映画と文学の交差点〜村上春樹ライブラリー

イ・チャンドンは、「撮る」よりも先に「書く」ことを始めた。2004年に小説家のチョ・ソンヒが行ったインタビューで「あなたは何によって作家となったのでしょうか?」と聞かれた彼は「寂しさです。10代の前半からすでに自分では作家だと思っていて、小説も書いていました。寂しいから、現実とコミュニケーションが取れないからだったと思います。今もその情緒や心理状態がほとんど変わっていないようです」と。

2 「全州映画祭」レポート

久しぶりに我が国南西部の全州を訪れ、第23回全州国際映画祭の会場を歩いた。今回特に注目されたのが特別展「イ·チャンドン 見えないものの真実」だ。今や世界的に知られる存在となったイ·チャンドンの世界について、会場で出会った来場者の話を聞きながら、時系列で振り返ってみよう。

3 中国人記者によるイ・チャンドン論 
この崩壊する世界、寄りかかる支点

イ・チャンドン監督。映画史の試験で、もし彼についての設問があったら、あまりに易しすぎてボーナス問題となってしまうかもしれない。これまで彼が手がけた作品は6本。必死に覚えようとしなくても、自然にタイトルが浮かんでくる。そのすべてが名画として記憶に刻み付けられているとはいえないが、あらすじさえ読めば、それぞれの映画のイメージが現れる。彼の作品については、一度観ただけの一般的な映画鑑賞者であっても、即興で多少の感想は言えるはずだ。ただ、もっと何かが言いたいと考え始めると、彼の作品がそう単純なものではないことが無意識のうちに分かってくる。

4 川村元気が語る、イ・チャンドン

「一番衝撃を受けたのは「シークレット・サンシャイン」。僕もベースがクリスチャンだったりするので。アジア人のクリスチャン的概念…神の正体みたいなものに迫ろうとしているなと思った。そこは本当に衝撃を受けました」

5 監督全作品レビュー(6作品)

「ペパーミント・キャンディー」
誰かが言った。生まれながら人が等しく背負う悲しみは、人生は不可逆だという事実にある、と。人生は遡れない。この映画の主人公キム・ヨンホのように、戻りたいとどんなに強く願ったとしても。

プロフィール

1954年生まれ。1997年に「グリーンフィッシュ」を製作、監督デビューを果たす。 監督・脚本を手掛けた2作目、「ペパーミント・キャンディー」(99)は、NHKとの共同製作作品で、98年秋に韓国において日本映画が部分解禁されて以降最初の日韓合作となった。「オアシス」(02)は、第59回ヴェネチア国際映画祭で監督賞に輝く。2007年、5年ぶりとなる新作「シークレット・サンシャイン」を発表。第60回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、チョン・ドヨンに主演女優賞をもたらした。「ポエトリー アグネスの詩」(10)は、第63回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞。2018年、「バーニング 劇場版」を発表。

2
パク・チャヌク
Park Chan-wook

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1 パク・チャヌク論 
恐るべき映画作家 芸術映画のような商業映画をつくる監督

パク・チャヌク監督の11作目の長編映画であり、「お嬢さん」以来6年ぶりの新作である「別れる決心」。監督自らは「ソフトで繊細で優雅な映画」と多少平凡に言及したが、いざ映画が公開されてからの反応は驚くべきものだった。

2 女優・筒井真理子が観た「オールド・ボーイ」

「パク・チャヌク監督の一番いいなと思う所……韓国は儒教の国ですので色々なことに関して規律があるかと思いますが、その中で近親相姦を扱う気概みたいなものは好きです」

プロフィール

1992年「月は…太陽が見る夢」で映画監督デビュー。その後も映画評論活動を続け、’94年批評集「映画を見ることの密かな魅力」を出版。2000年南北朝鮮兵士の友情を描いた映画「JSA」が600万人の観客を動員し、韓国史上最高の大ヒットとなる。2001年フランスのドーヴィルで開催されたアジア映画祭でグランプリを獲得、同年大鐘賞最優秀作品賞、青龍賞監督賞を受賞。2004年、「オールド・ボーイ」(03)で韓国映画史上初のカンヌ国際映画祭グランプリを受賞し世界から注目を集める。他の作品に「復讐者に憐れみを」(02)など。「イノセント・ガーデン」(12)でハリウッドに進出。「お嬢さん」(16)では、第71回英国アカデミー賞非英語作品賞を受賞。最新作「別れる決心」(22)が第75回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した。「別れる決心」は2023年2月17日より公開される。

3
ポン・ジュノ
Bong Joon-ho

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インタビュー

「いいシナリオを書きたいんだ。
7本の映画はすべて自分で脚本を書いた。
自分なりにキャリアは積んだ。
だが、依然として難しい」

面白くなれければ映画じゃない、と言わんばかりの大風呂敷の広げ方は、スケールの大きさにベクトルが向かっているというよりは、着眼点の確かさを、エピソードの積み重ねによって鍛え上げていくような臨場感があり、ポン・ジュノ自身が公言しているように、日本の優れた漫画群からの影響が色濃い。

プロフィール

1969年生まれ。大韓民国・大邱広域市出身。延世大学社会学科卒業後、韓国映画アカデミーで映画制作を学ぶ。劇場長編デビュー作は、監督・脚本を手掛け高い評価を得たペ・ドゥナ主演「吠える犬は噛まない」(00)。実際の未解決事件を題材にした長編2作目「殺人の追憶」(03)は、韓国動員520万人を超える大ヒットを記録し、完璧と評される構成力が絶賛された。「グエムル‒漢江の怪物‒」(06)を発表。1,240万人を超え、当時の韓国動員歴代1位のメガヒットとなった。長編7作品目となる「パラサイト 半地下の家族」(19)は、「母なる証明」以来10年ぶりとなる韓国映画。ジャンルにとわられない唯一無二の作風に磨きをかけ、見事、満場一致でカンヌ国際映画祭最高賞のパルムドールに輝いた。さらに、アカデミー賞の作品賞・監督賞・脚本賞を受賞した。

4
キム・ボラ
Kim Bora

*

インタビュー

「何も知らない無垢な女子中学生ではなく、
いろいろわかっていて、
つらくて、寂しくて……
そんな本当の顔をもつ女子中学生を
描写したかったんです」

長い時間をかけて完成させたシナリオ、納得がいくまでテイクを重ねた撮影、いろいろな人からの意見を聞きながら何度もやり直された編集……すべてにおいて諦めなかったキム・ボラの強さがある。

プロフィール

1981年11月30日生まれ。東国大学映画映像学科を卒業後、コロンビア大学院で映画を学ぶ。2011年に監督した短編「リコーダーのテスト」が、アメリカ監督協会による最優秀学生作品賞をはじめ、各国の映画祭で映画賞を受賞し、注目を集める。同作品は、2012年の学生アカデミー賞の韓国版ファイナリストにも残った。2018年、「はちどり」を監督。「はちどり」は、「リコーダーのテスト」で9歳だった主人公ウニのその後の物語である。

5
パク・チワン
Park Jiwan

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インタビュー

これは女性監督の作品だ、
女性のストーリーだ、
というようなことではなく、
ただ単に「面白い作品だ」と
言ってもらえること。

「ひかり探して」は、始まりは一見ミステリーのようでいて内容は違う。オープニングに覚えた搏動は消え、観終わったあとは感動に変わっている。その感動はいつまでも引きずり、自分の今後の人生へとあたたかい光をさしこむほどである。

プロフィール

1981年生まれ。大学卒業後に映画会社に入り、企画マーケティングを担当。 その後、2007年に韓国映画アカデミーに入学し、長編映画のスクリプターの仕事もしながら、2008年には自身が脚本・監督を務めた女子高生たちの日常を繊細に捉えた短編映画「女子高生だ」が第10回ソウル国際女性映画祭<アジア短編部門最優秀賞>を受賞。オリジナル脚本にして長編デビュー作となった「ひかり探して」が、百想芸術大賞で映画部門 最優秀脚本賞を、青龍映画賞では新人監督賞を受賞し、今後の更なる活躍が期待される。

6
ユン・ダンビ
Yoon Danbi

*

インタビュー

「夏を感じる風だったり、
夏場、家の中を裸足でいる、
その足の裏の感覚、
蚊取り線香の匂い、
そうしたものを何とか
映画の中に入れたいと思いました」

家族劇でありつつ、その厚みはイングマル・ベルイマン「ファニーとアレクサンデル」やエドワード・ヤン「ヤンヤン 夏の想い出」を彷彿とさせる。しかし、エピソードの連なりはあくまでも小さい。このあたりのマクロな観点とミクロなセンスの共存が、オリジナリティを体感させる。

プロフィール

1990年生まれ。短編“Fireworks”が2015年の第16回大邱独立短編映画祭、2017年の第15回韓国青少年映画祭で上映され注目される。2017年には檀国大学大学院に入学、その長編制作プロジェクトとして本作は制作された。本作はユン監督の初長編作品で、2019年に第24回釜山国際映画祭で上映され、デビュー作ながらNETPAC賞など4冠を獲得する快挙を成し遂げた。

7
イ・ジョンボム
Lee Jeong-beom

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インタビュー

「ウォンビンさんにはプラスチックの銃を渡し、
「枕元に置いて毎日、さわってほしい。
銃の扱いに慣れた人になってほしい」
と頼みました。それでリアルになる。
これが私のアクション演出の哲学です」

イ・ジョンボムの映画は「情の活劇」である。彼の映画の中では、「どこか欠けたところのある」男たちが、その欠落を埋めようとするかのように肉体をぶつけ合う。

プロフィール

1971年生まれ。2000年短編映画「帰休」をトロント国際映画際、ニューヨーク短編映画祭に出品。2002年イ・ソンギュン主演の短編映画「グッバイデー」を製作。2006年「熱血男児」で長編監督(脚本も)デビュー。2010年長編2作目「アジョシ」(ウォンビン主演)が韓国映画界第1位興行成績を収め、多くの賞を獲得した。2014年「泣く男」、2019年「チョ・ピロ 怒りの逆襲」を発表。

8
チャン・ゴンジェ
Jang Kun-jae

*

インタビュー

「俳優が返してくれたカードを土台に
シナリオを書くという方法。
自分の頭の中にある人為的な結末とは
違う結末に導いてくれる。
可能性がある世界が拡がるのです」

韓国映画史を大学教授として冷静な目で俯瞰的に眺めながら、監督としては「個人的な記憶や体験をベースにした物語」を撮り続ける男。長編デビュー作の「十八歳」に始まり、一貫して自分の話を撮り続けてきた。

プロフィール

1977年生まれ。韓国映画アカデミー19期(撮影専攻)卒業後、中央大学先端映像大学院映像芸術学科映画演出専攻で製作修士学位(MFA)を取得。1998年に監督・脚本した短編映画「学校に行ってきました」で韓国青少年短編映画祭奨励賞を受賞し、数々の映画祭に招聘された。2009年に長編デビュー作となる「十八歳」を発表、第28回バンクーバー国際映画祭グランプリなどを受賞。2011年、「眠れぬ夜」、2014年、「ひと夏のファンタジア」を発表。

9
チャン・リュル
Chang Ryul

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インタビュー

「ここで撮ると決めたら、
その場所で10分ほどひとりになります。
そして、「こうやって撮ります」と
スタッフに説明します。
その10分の時間をとるまで
私自身も自分が何を撮るのかが
わかっていません」

彼の映画作りは、いつもある場所や人との出会いから始まっている。穏やかで、まるで仙人のようにも感じられる語り口の向こう側には少数民族として中国で暮らし、祖先の地である韓国においても異邦人として過ごしてきた彼の、決して穏やかではなかったであろう。

プロフィール

1962年生まれ。2001年「11歳」を監督。初めて手がけたこの短編作はベネチア国際映画祭など各地の映画祭で上映された。そして、イ・チャンドン監督の支持を受けて、04年にデジタルカメラで撮影した「唐詩」で長編デビューを果たす。続く「キムチを売る女」がカンヌ映画祭で受賞したことから韓国でも認知度が上昇。2014年の「慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ」以降の作品には韓国の有名俳優を起用するようになり、ホン・サンスと並んで論じられることが多くなった。最新作「柳川」が12月16日より福岡にて先行公開。12月30日より全国公開となる。

10
ナ・ホンジン
Na Hong-jin

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ナ・ホンジン論 
今では代替不可能なひとつのジャンルになった監督

彼はものすごい完璧主義者であり、映画製作のためなら自分自身も酷使させる人物である。演出した作品すべてが厭世主義と暴力性が強く、監督自身の執拗さがそのまま投影されている。

プロフィール

1974年、韓国生まれ。漢陽大学工芸学科を卒業後、映画製作の夢を追い求めて韓国芸術総合大学で学ぶ。「汗」(07)などの短編を製作したのち、「チェイサー」(08)で長編デビュー。ソウルで起こった連続殺人事件の実話にインスパイアされた同作品は、韓国で観客動員500万人超を記録し、大鐘賞の作品賞、監督賞を始め、数多くの賞に輝いた。カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品された長編第2作「哀しき獣」(10)は、「チェイサー」のハ・ジョンウ、キム・ユンソクと再び組んだバイオレンス・スリラー。そして長編第3作「哭声/コクソン」(16)では、青龍映画賞の監督賞などを受賞した。プロデュース作品に「女神の継承」がある。

11
ホン・サンス
Hong Sang-soo

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1 ホン・サンス論
ホン・サンスはどこへ行く?

「あなたの顔の前に」が、過去のホン・サンス作品とやや違う印象を与える要因の一つは、その驚くようなドラマ性にある。監督の映画作りの特徴的スタイルとして、クランクイン前に予め完成した脚本が用意されているのではなく、日々、撮影日の朝にその日撮る分のシナリオを役者に渡すという方法が採られてきたことは、よく知られている。本作も基本的にそのようなやり方がなされたには違いない。だが、それでもここには、少なくとも監督の脳内には最初から完成した脚本が用意されていたかのような風格がある。

2 監督作品レビュー

「豚が井戸に落ちた日」
時折流れる、神経を逆なでする不穏極まりない音楽。どこに向かっているのか出口が見えない、終始薄暗いトンネルの中を手探りしているかのような心許ない空気。そんな中で、はっきり分断されることなく4人の男女の日常が、ゆるやかに、ひっそりと繋がってゆく。

3 ホン・サンスが描く旅と街 論

慶州の宿は70年代テイストの安旅館。女将に「何泊するの?」と聞かれ、「まだ決めてないけど、少なくとも明日まではいます」と答えるギョンス。適当過ぎる。素敵だ。比較的自由な取材旅行をしている私でも旅の入口と出口の日時くらいは決めている。
夕食は一人でホルモン焼きの店に入る。隣席の女の子の脚をじろじろ見ていたら、青二才の彼氏に説教された。恥ずかし過ぎる。

プロフィール

1961年生まれ。監督、脚本家。1996年に「豚が井戸に落ちた日」で長編監督デビューを果たす。第68回ロカルノ国際映画祭グランプリと主演男優賞を受賞した「正しい日 間違えた日」(15)、第67回ベルリン国際映画祭主演女優賞(銀熊賞)に輝いたキム・ミニ主演の「夜の浜辺でひとり」(17)、「逃げた女」(20)では第70回ベルリン国際映画祭で自身初となる銀熊賞(監督賞)に輝いた。2021年に、25作目 「イントロダクション」で第71回同映画祭銀熊賞(脚本賞)を受賞。2022年に、最新作「小説家の映画」が、第72回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員大賞)を受賞し、3年連続4度目の銀熊賞受賞の快挙を果たした。