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A PEOPLE CINEMA

「ラブホテル」

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真魚八重子


痩せた全身を黒いスマートな服に包んだ姿は、
死の淵にいるような影をまとっている

相米が唯一手掛けたロマンポルノで、石井隆が脚本。石井ワールドらしく、村木と名美の出会いを描く。

村木は経営していた出版社が倒産し、ヤクザに借金を作ってしまい、妻の良子を取り立てにきたヤクザに目の前でレイプされる憂き目に遭う。

やけになった村木はホテトル嬢を買った後に自殺しようと考える。
現れた夕美という女を刃物で脅し、バイブで無理やり犯すが、彼女がオーガズムに達する生命力にあふれた身体を見て、村木はまばゆさを恐れるがごとく逃げ出す。

村木を演じるのは相米慎二作品の常連俳優であり、昨年惜しまれつつ亡くなった寺田農。

本作は寺田の代表作のひとつであろう。
彼のニヒルな雰囲気は悪役も似合ったが、村木を演じた多くの俳優の中で、この寺田農の村木を推す人も多いのではないか。

寺田演じる村木が夕美(と名乗る名美)と出会うときの、痩せた全身を黒いスマートな服に包んだ姿は、死の淵にいるような影をまとっている。

その暗さに対し速水典子は若々しく華やかだ。
まるで石井隆の漫画から抜け出してきたような面立ちをしており、ベッドで身体を隆起させる彼女の姿は、よくしなる柔軟さが忘れ難い。

石井隆は速水を気に入り、その後彼女は石井の監督作品で助演を務めるようになっていく。

相米の演技指導は女優を怒鳴りつける厳しさで有名だが、速水に対しても例外ではなく、現場で彼女はあまりのつらさに泣いていたという。

また、相米と寺田、スタッフによって演出についてのディスカッションが始まり、速水はメイクをしたまま一昼夜待機させられたりした。

本作は相米慎二の鳴り物入りのロマンポルノ作品ということで、ゲスト俳優としてタクシー運転手役で佐藤浩市、ブティックの客役で萬田久子もカメオ出演している。

名美の不倫相手の太田(益富信孝)の妻を演じる、ロマンポルノ界からの登場となる中川梨絵も、エキセントリックなセリフ回しで怪演を見せる。

糸を撚るように結びつく村木と名美は、先述の事件から二年後に、タクシーの運転手になった村木の車を、偶然名美が拾ったことで再会する。

ここで流れる山口百恵の「夜へ」は印象深い挿入歌だ。
村木と名美を乗せた車も、再び二人を夜の深みへと引きずり込んでいく。

この一連のシークエンスは驚異的なワンカットで撮影されている。

タクシーの車体のドアを外せるようにし、カメラマンが途中でタクシーの助手席からクレーンに移動するなど、相米らしい動的な長回しとなっている。

ここでは不倫の恋に苦しむ名美が自殺しそうな素振りを見せ、二年前の村木と立場が逆転している。

村木は自分を自殺から救い上げた名美を天使のように想っていた。

村木が名美を崇めて想い続けていた感謝の言葉は、彼女の荒み、傷んだ心にゆったりと癒しとして沁み渡っていく。

山口百恵の「夜へ」と併せて、本作を彩るもう一曲が、もんた&ブラザースの「赤いアンブレラ」だ。

再会した村木と名美の運命を、センチメンタルなメロディが抜き差しならぬ関係へと導いていく。

相米慎二と、脚本の石井隆は親密な友人関係にあった。
石井隆が初めてメガホンを取った「天使のはらわた 赤い眩暈」(88年)の撮影現場には、監督業の大変さを知る相米が、心配して毎日顔を出していたという。

そんな盟友の相米が2001年に53歳の若さで亡くなるとは、石井にとってどれほどの寂しさだったろうか。

本作のラストは男と女の心のすれ違いのドラマとして、非常に印象深いものである。

村木は妻の良子とは偽装離婚しており、夫を愛し続ける妻は今も通い婚をしている。

二人の女のすれ違いにも胸を突かれるが、ここでの村木の決意がいかなるものであったかは、皆さんの推察を伺いたいところだ。


「ラブホテル」

監督:相米慎二
脚本:石井隆
出演:速水典子/寺田農/志水季里子
1985年8月3日公開/88分
© 日活


作家主義 相米慎二2025
3.28(金)〜4.10(木)
Morc阿佐ヶ谷
<上映スケジュール>
3.28(金)〜4.3(木)“おかえり、ただいま。公開40年”「台風クラブ 4Kレストア版」
4.4(金)〜4.7(月)“相米唯一の脚本作を発掘”「女高生100人(秘)モーテル白書」
4.8(火)〜4.10日(木)“相米の盟友、名優・寺田農を悼む”「ラブホテル」

★ゲストのトーク・ライブも続々開催
3.29(土)16:50「台風クラブ」上映後、大西結花のトーク・ライブあり
4.5(土)19:00「女高生100人(秘)モーテル白書」上映後、加藤祐司(「台風クラブ」脚本)のトーク・ライブあり
4.8(火)17:00「ラブホテル」上映後、柄本明のトーク・ライブあり


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