*

自らのアイデンティティを巡る問題を早い時期から抱えていた梁氏。そんな彼に人生のヒントを与えたのもやはり、音楽だった。高校生になると様々なバンドに参加。ロック、ジャズ、フュージョンといったジャンルの枠を超え、多くの音楽仲間を得たことで、彼の生活は快活さを取り戻していったという。

*

「高校に入ってからも様々なことを感じながら生活していましたが、総じて言うと、楽しいことのほうが多かったし、そのことで僕は救われたんだと思います。もうひとつ大きかったのは、ずっとピアノを習っていた芸大のピアノ教授の存在。クラシックの練習はあまり熱心ではなかったんですが、その先生は“ロックもジャズもいいから、ここだけには通いなさい”と言ってくれて。レッスンで、NHK交響楽団のトランペット奏者、芸大大学院で声楽を専攻している人など、当時の僕たちとは接触のない音楽家と演奏させてもらったのは大きな収穫でした。最初はビビっていましたが、アンサンブルを重ねるなかで、違うジャンルのミュージシャンと一緒に演奏することの楽しさを肌で感じられて。そのときの影響はいまも多分にあると思います。“自分はどんなジャンルでもやれる”ということではなく、いろいろな音楽に接して、それを取り込むことで、楽しい場所を演出するということですね。クラシックに特化して、自分を研磨して音楽を追求するような生き方は出来ないと、当時から気付いていたので」

*

父親の希望通り、医者になるべく日本医科大学に進学。麻酔医として大学病院に勤務するも、どうしても音楽が諦めきれなかった梁氏は、1年間で病院を辞め、プロの音楽家としてのキャリアを進み始める。1980年代後半には日本を代表するロックシンガー浜田省吾のバックバンドをはじめ、数多くのアーティストとの共演、楽曲提供、プロデュースを行っている。日本の音楽シーンで確実に存在感を増していた梁氏が、国境を超えて活躍する契機になったのは、香港の伝説的ロックバンド・BEYONDのプロデュースを手掛けたこと。当初は
「引き受けるかどうか、決断するのに時間がかっていた」という梁氏を後押ししたのは、父親が遺した言葉だった。

*

「ちょうどその頃に父が亡くなったんですが、以前、父が言っていたことを思い出したんです。

“自分たちの世代は、日本に来て、生活するだけで大変だった。自分は地域の人たちのために医師として貢献し、共存してきたが、おまえたちの世代はもっと外に出て、海外の人々とつながることが大事だ”と。その言葉が頭の中をよぎったことが、BEYONDのプロデュースを引き受けたひとつの要因だったと思います。当時の香港はまだ返還前。中華圏の仕事は初めてだったし、システムや考え方がまったく違うわけだから、大変なことも多くて。でも、それを乗り越えてシナジーを生み出すことができれば、本当に素晴らしいエネルギーにつながる。僕は“健全な中毒状態”と呼んでいるのですが、そういう経験をすると“もう1回、これを味わいたい”と病みつきになってしまうんですよね」

*

ジャンル、国境などの境界を超え、音楽的なシナジーへとつなげる。そんな梁氏のスタンスの集大成というべきイベントが、2013年にスタートした「JEJU MUSIC FESTIVAL」。梁氏の父親の故郷である韓国・済州島で行われる本格的な野外音楽イベントだ。初年度には梁氏の作曲による「海女の歌」を済州島交響楽団、30名の海女とともに演奏。2年目には人気ロックバンド“クッカスタン”が出演したほか、オーケストラ、韓国の伝統音楽を継承する音楽家など、総勢150名による演奏が実現。3年目(2015年)には科の苦、日本を中心にさらに幅広いアーティストが出演し、観客動員1万人を記録するなど、年を追うごとにスケールを向上させてきた。

*

「昨年(2016年)はキューバのラテンジャズバンド“CESARLOPEZ&HABANA ENSEMBLE”が出演し、素晴らしい演奏を聴かせてくれて。観客のみなさんがポップやロックだけでなく、彼らのような音楽をも自然に楽しんでいる姿を見て、あの場所でのみ体験できる環境を演出できた手ごたえがありました。今年(2017年)のJeju Music Festivalには宮沢和史さん、ギター・インストのDEPAPAPEPEが出演します。日本のアーティストが本格的に参加してくれるのは初めてで、とても楽しみですね。最終的にはすべてを済州島に還したいんですよ、僕は。音楽を通して、“夏の済州島は最高だよね”と実感してくれたら、もうそれで本望」

*

「興味を引かれるところに進んでいって、新しい扉を開けて。それを続けることで、人や場所がつながっていく。僕はまったく意識していませんが、それが“ボーダーを超える”ように見えるのかもしれないですね」と語る梁邦彦。音楽を媒介にして、出自や国籍、活動のフィールドが異なる人々をコネクトさせる梁氏の存在はこれから、さらに大きな役割を果たすことになりそうだ。

*

Written by:森 朋之


梁 邦彦
1960年生まれ。国籍は韓国(日本在住)。作曲家、演奏家、プロデューサー。日本をはじめ、韓国や中国などアジアで数多くのポップシンガーと共作、さらにソロ活動を行っている。

JEJU MUSIC FESTIVAL2017
https://www.facebook.com/jejumusicfestival/

梁邦彦LIVE
12月24日(日)東京グローブ座
開場 17:00 開演 17:30
全席指定 7,000円(税込)
http://ryokunihiko.com/