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スミンは俳優として初めて演技をしたこの作品で、金馬奨最優秀新人賞を受賞。それはチアン監督の目が確かだったことの証明とも言える。スミンは以後も音楽活動のかたわら、ドラマや映画で彼ならではの存在感を見せている。
「スミンが台東の人だったので、阿宗もそう設定しました。劇中、阿宗が母親に電話してハーモニカを吹いて聴かせるシーンは、あれはスミン自身の話です。お母さんが台北に出る彼に買ってくれたハーモニカを吹いて、故郷を離れて都会にいる寂しさを紛らわせたそうなんです。そして、彼はハーモニカを吹きながら徐々に歌手への道を歩み出したのです。スミンを起用したのは、エドワード・ヤン監督が昔私を起用した時と同じような感覚だったと思うんです。スミンは飾らない人柄で素人のような感じでした。誠実さを強烈に感じて、直感的に彼を主役に抜擢しようと決めたのです」

俳優を選ぶ際に、その人と向き合う姿勢、その人の本質を見極めようとする態度はヤン監督や、ホウ・シャオシェン監督から学んだものだ。「跳格子」の翌年は、世界的に活躍する撮影監督の李屏賓を3年がかりで追ったドキュメンタリー「風に吹かれて〜」が第46回金馬奨で最優秀ドキュメンタリー賞など各賞を受賞した。
「ホウ監督と一緒に『フラワーズ・オブ・シャンハイ』の編集作業のために初めて日本に来たとき、プリントが出てくるまで何日かあって、その暇を利用してプロデューサーの方が温泉に連れて行ってくれたんです。そのとき、列車の中で隣に李屏賓が座っていろいろと話を聞く機会がありました。聞けば聞くほど話が面白く感動したんです。それで、彼の仕事への態度や経験に興味を抱いて、最初は本にして映画を学ぶ後輩たちに伝えようと考えたんですが、關本良さんから本よりも映画にしたほうがいいと言われ、共同で監督することになったんです」

二大監督と同じように、李屏賓からも“技術ではなく人間が大事”ということを深く感じさせられたというチアン監督。この作品が縁で2015年には日本映画「さいはてにて〜やさしい香りと待ちながら」を手がけた。撮影は能登、出演者は全員日本人俳優という中で、やはりキャスティングにはこだわったという。
「私がどうしても永作博美さんで撮りたかったのですが、当時永作さんは妊娠されていたため、出産されるまで撮影を待つと言ったんです。そのことも尊重してくれて待ってくれたので、東映にはとても感謝しています。彼女の作品は前から見ていて、とてもいい女優だと思っていたので、彼女が出ないならこの映画は引き受けなかったと思います。実際に撮影してみて感じたのは、経験のあるいい俳優ほど、外国人の監督と組むことで起きるいい変化を楽しんでくれたということです。永作さんも永瀬正敏さんもそうでした。私がいつもと違うことをリクエストするし、彼らもそれに応じるのを楽しんでくれたようです」
 昨年はホウ監督が学院長を務める金馬電影学院で、後進を指導する役目を担った。「台湾映画界の状況が良くなっているとは思わないが、自由度が高いというところに希望がある」というチアン監督にこれからも注目していきたい。

Written by:小田香


チアン・ショウチョン(姜秀瓊)
1969年5月4日生まれ。国立台北芸術大学大学院電影創作科卒。大学在学中、エドワード・ヤン監督の「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」(‘91)に主人公の姉役で出演。卒業後はヤン監督、ホウ・シャオシェン監督のスタッフを務め、2008年、短編映画「跳格子」で高く評価され各賞を受賞。監督作に「風に吹かれて キャメラマン李屏賓(リー・ピンビン)の肖像」(’09)、「さいはてにて〜やさしい香りと待ちながら」(’15・日本)など。


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