*

A PEOPLE CINEMA

台風クラブ Blu-ray

text
相田冬二


「たぶん僕がいちばん早く雨を見た」
当たり前だ。彼自身が台風なのだから。

11月2日、「台風クラブ」のブルーレイが発売された。

それに合わせ、相田冬二による「台風クラブ」論をお送りする。

相米慎二監督の代表作のひとつであり、日本映画史に輝く名作のひとつと言って、問題ないだろう。

たとえば森田芳光監督の「家族ゲーム」がそうであるように。

無論、相米映画には熱狂的な観客が多数いる。
ひとそれぞれで、相米の最高傑作は異なるだろうが、「台風クラブ」が突出した重要作であることに異論はないと思われる。

劇場公開から37年。
たくさんの批評が書かれてきた。

そもそもネタバレ云々の内容でもない。
だとするならば、もっと自由に受けとり、自由に語ってもいいのではないか。

2022年夏の終わりに観て思ったことを、これから書いてみよう。

それはたぶん、37年前には考えなかったことだ。

冒頭、小柄な少年が、プールに潜ったり出てきたりを繰り返している。

水面と頭部。
さざなみと彼方。
前進しながらの運動が何度か反復された後に、画面は水面だけになり、沈黙。そうして「台風クラブ」という文字が、明示される。

静けさ。
あれは、あの少年が死んだことをあらわしているのではないか。

これが、わたしの結論である。
ひとりの少年の死から、映画が始まった。

彼が主人公であるかどうかはどうでもよい。
この映画は、だれが主人公なのかよくわからないところがあって、東京に行く少女を主人公と言ってもいいし、飛び降り自殺をするエリート少年を主人公と言ってもいいし、少年少女たちすべてを主人公と言ってもいいし、単数か複数かではなく、学校を主人公にしても、台風を主人公にしてしまっても一向に構わない。

それより、小柄な少年は、既に死んでいる。
そう仮定して、映画を眺めると、とても面白くなる。主人公がだれであるか、ではなく、だれが、あれを見ているか、ということに気づかされるからである。

いや、すべては、あの少年が水中で見た夢なのかもしれない。

すべては、夢の中の出来事。
だとすれば、夢の主が、生きていようがいまいが、関係なくなる。

映画は、真っ暗闇の中で始まるが、少女たちの狂騒的なダンスは、あの世の光景を思わせないか。

天国なのか、地獄なのかはわからないが、女の子たちが何も考えずに踊っている。

それを水中から眺めていると考えると、本作はとてつもなくサイケデリックに思えるし、その後のすべての場外乱闘も、納得できる。

逆光に照らし出されるように、少女たちがプールサイドで勢揃いしている。

まるで、水中花。
エロスは微塵も感じないが、これはこれで桃源郷のようだ。

そして、野球部のふたりが走ってくる。

真夜中のランニング。
なんなのだ、あれは。
おかしくないか。

だが、わたしたちは、知っているのではないか。

あの感覚を。
デジャヴ。
そう、夢の中で走っている感覚である。

あの木曜日の夜を、死者が見ている光景として捉えると、しっくりくる。

小柄な少年は、蘇生行為によって蘇生する。
その光景を、死者である少年が幻視していると仮定したら。

この映画は、万華鏡のようにカラフルに立体化するだろう。

勃起は、死後硬直の可能性だってある。
駆けつけた教師もまた幻視だとすれば。
ほんとうは死んでいるのに、死んでいる本人が死んでいることに気づいていないのだとすれば。

この映画は、合わせ鏡になる。

無限。夢幻。
金曜日。少女は、台風を待っている。

迎えに来てくれないかなと待っている。
小柄な少年は、教室にいる自分を幻視している。
ひょっとしたら、教室に彼はもういないかもしれないのに。

ひょっとしたら、教室に彼はいるかもしれないが、彼がもう死んでいることに、誰も気づいていないのかもしれない。

少年は、自分が死んでいることを忘れて、幽霊としてそこにいて、鉛筆を何本も鼻の穴に入れている。

で、幽霊なのに、鼻血を流す。
で、幽霊なのに、先生に怒られる。

浮遊霊の悪ふざけ。
浮遊霊の悪ふざけが、台風となって昇天する。

小柄な少年は、ドン・キホーテのようだ。
小柄な少年は、精霊のようだ。

いずれにせよ、彼の巨大な無意識が、台風に変貌し、やって来る。

そうして、ひとりの少女を東京に連れ出し、他の少年少女たちを学校に閉じ籠める。

浮遊霊は、自分も込みの、その光景を眺めている。
たのしそうに。好奇心たっぷりに。

教師とその恋人の戯れ。
大人の世界を覗き見ているかのような距離感の映像は、実際に浮遊霊が覗いているからではないか。

そもそも騒動の発端となる場面で、カメラアングルがめちゃくちゃなのは、浮遊霊が気ままに移動していたからではないか。

浮遊霊の視点で、画面がかたちづくられているからではないか。

少年は小柄ということもあり、性的な匂いがほとんどしない。

だから、少女に対して、そのような興味が感じられないし、同級生に嫉妬することもない。

性欲や嫉妬のない、純粋な好奇心。
やはり、精霊だ。

エリート少年とその兄、そして少女。
3人の部屋を覗くときも、純粋な好奇心しか感じられない。

霊だけが可能な、横移動。
そんなふうにして、映画は横切っていく。

台風が近づき、教室は不穏な空気に包まれ、やがて生徒全員による乱闘が始まる。
あのシークエンスで、小柄な少年が、やたらキックしていることは示唆的だ。

蹴っ飛ばすという行為は、「ただいま」「おかえり」の少年が、意中の少女に襲いかかるときに、反復される。

小柄な少年=浮遊霊は、やがて、つぶやく。

「たぶん僕がいちばん早く雨を見た」

当たり前だ。
彼自身が台風なのだから。

ラスト。
東京から少女が戻ってくる。
小柄な少年と一緒に登校する。

「金閣寺みたい」

あのとき、小柄な少年はほんとうにいたのか。
そばにいたのは浮遊霊ではなかったか。

不思議な映画の、不思議な余韻を解く鍵が、ここにあると思う。


*

台風クラブ Blu-ray
発売日:11月2日(水)
定価:5,800円
発売元:中央映画貿易/ダブル・フィールド
販売元:オデッサ・エンタテインメント

監督:相米慎二 脚本:加藤祐司 撮影:伊藤昭裕
出演:三上祐一/紅林茂/松永敏行/工藤夕貴/大西結花/三浦友和
(1985年/115分)
(C)ディレクターズ・カンパニー

Blu-ray封入のブックレット(カラー32ページ)は、A PEOPLEが編集。
内容は、
・BARBEE BOYSいまみちともたかが語る「暗闇でDANCE」「翔んでみせろ」
・榎戸耕史がもう一度考える「台風クラブ」8つのキーワード
・1995生まれの俳優 井之脇海が見た「台風クラブ」到来
・金原由佳、樋口尚文による「台風クラブ」論
など


<関連記事>
A PEOPLE CINEMA/相米慎二 最低な日々
A PEOPLE CINEMA/台風クラブ Blu-ray

フォローする