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金原由佳
相米慎二が“杉田二郎”名義で書いた唯一の脚本作、
受け継いだ技と感性、相米映画の原風景
相米慎二監督と出会ったのは1992年で、亡くなる2001年まで相米監督がひとりで行きたくないときの浄瑠璃の演目や取材の付き添いなどに呼ばれ、その都度、いつも腹を抱えて長話をし、笑いあった。ただ、10年近い付き合いの中で、二度だけ、彼の言葉に静かな怒気が潜んだことがあった。ひとつは、「夏の庭The Friends」の出演者である淡島千景さんの舞台に誘われながら、原稿が書き終わらず、お断りしたことを報告したときで、「お前、現場でお世話になってそれはないだろう、原稿など飛ばしてでも行くべきだった」といたく失望をされた。もうひとつが、1960年代の東宝で、歌と踊りをふんだんにつかったオフィスもののコメディを撮ったある監督を囲む会に参加したときの報告会でのこと。その監督のある作品に、井上梅次監督の「女と三悪人」(1962)からの色濃い引用が見受けられたので、演出の意図を聞いたと話した時、俄に気色ばり、「おい、本当にそんなことを言ったのか」と詰問されたのだ。
「いいか、映画監督というのは、常に先人とは違う表現をしようと格闘している者たちで、自分の見た映画の記憶を何度も反復し、誰かの真似になっていないかと何百回も自問自答しているもんなんだ。きっとこの映画のどこかに、まだ誰も表現していないものが映っているはずだと念じながら撮っても、出来上がった映画を見た批評家から、観客から、自分の知らなかった誰かの影響や似た構図を指摘される。その都度、自分に失望する。その繰り返しが映画監督というものだ。せめて君はこの先、映画監督の前で、誰かの作品からの引用など得意げに指摘するような下品なことはやめなさい」。
というわけで、相米慎二が助監督時代に脚本を書いた曽根中生監督の「女高生100人(秘)モーテル白書」に、後の相米の監督作への影響を見出すという行為は、彼にしてみたら野暮天の極みであることを、今回の「作家主義相米慎二2025」の企画を楽しむ上での前提であり、警句としてお伝えしておきたい。
ただ、映画史には系譜がある。相米が曽根から受け継いだ技と感性が、現在の若い監督たちにしっかりと伝わって意識されているという流れが、「女高生100人(秘)モーテル白書」に発見することができる。それは、濱口竜介監督が『他なる映画と 2』(初出は『甦る相米慎二』 共にインスクリプト)の「あるかなきか――相米慎二の問い」の4章で「ヒロインたちの声」で展開しているように、物語を支える音の豊かさである。
「女高生100人」は冒頭、主人公である順子(岡本麗)の情事のシーンから始まる。水野尾信正のカメラは絶妙なポジションをついていて、順子の肉体は男の背中などで隠れ、露出はそう多くない。けれどしっかりとセックスの匂いが見ている側に伝わるのは、順子から漏れ出す愉楽の声だ。絡み合った時間が終わり、帰り支度をしている男(前野霜一郎)に純子は感じたまま、予感を口にする。「あなたもう私に飽きたんでしょう?」。その問いかけへの「君ってそういう人」という男の返答の意味をどう読み取るかは自由だが、真実を腹に収めることができず、ストレートに口に出してしまう人物像はこの後、重要な意味を持つことになる。
ルポライターの彼女は、自分の故郷で起きた女子高生たち100人が不純異性交遊で警察に補導された事件のその後を追う企画を請け負い、現地に調査に入るのだが、そこで会う女子高生たちも、警察も、地元の新聞記者も些末なエピソードは語るものの、核心に触れることは誰も口にしない。やがては、この町の実力者で、地方紙のオーナーである存在が、そこで暮らす人々の声を封印させていることが明らかになっていく。声を奪われた町に、声を発する女が飛び込む物語であり、彼女が取材の折に感じる違和感は、細かな不協和音のサウンド設計で重ねられていく。
曽根中生監督の耳の良さは、そのまま相米慎二に受け継がれたのだという感慨は、この映画で感じた最も大きな要素である。
相米は杉田二郎名義で曽根監督の「色情姉妹」(1972)、「不良少女 野良猫の性春」(1973)、「昭和おんなみち 裸性門」 (1973)、「続・レスビアンの世界 −愛撫−」(1975)、「女高生100人(秘)モーテル白書」(1975)、「ホステス情報 潮ふき三姉妹」(1975)などの助監督に就き、今作では脚本を手掛けている。脚本の立ち上げのきっかけは、共同脚本の久保田圭司氏より相米が先に書いて、久保田と相米で直したという説と、もともと久保田が書いたものに相米が手を入れたという曽根の説があり、もはや詳細はわからない。劇中のモチーフには、1975年5月、山梨県甲府市のふたつの高校に通う女子高生110人が不純異性交遊で警察に補導された出来事が選ばれていて、補導された学生の大半が中流家庭の普通の家庭で育ち、取り調べの際、「セックスを楽しんだだけで、誰にも迷惑をかけていない」との主張がマスコミの目に留まった。映画は100人となっているが、実際には110人が補導され、彼女たちがセックスをした理由には「週刊誌や友人からの性情報に刺激され、性への強い興味や互いの競争心から口コミで集まってきた男たちとモーテルや勉強部屋で関係を繰り返していた」とある。*警察白書昭和50(1975)年事例より引用
映画の前半は実際あったこの出来事がそのままトレースされている。桂たまき演じる朝実がモーテルから出たところ、警察に逮捕される瞬間までがモノクロで、取調室で「男女同権でしょ」と主張するところからカラーへと変わる。前出の「誰にも迷惑をかけていない」の台詞は、「愛し合っているから金なんかもらわないし」と転換される。宮崎あすかが演じる敏江が葡萄畑の作業小屋での3人の男性とのセックスや、谷口えり子演じる優子が警察に、セックスを経験した女の子が無地から花柄のアンダーウェアに変えることが、学内ではカッコよさのひとつとしてとらえられていること、その優子が同級生にあれこれ指示を出しながらのベッドシーンなど、いずれもセックスそのものへのあっけらかんとした好奇心が強く出される。峰なゆかの「AV女優ちゃん」(扶桑社)で描かれる地方の女子高生が、セックス経験値をあげることでスクールカーストでのポジションを得ていく構図と今作には時代の隔たりは感じない。女の子はいつだってセックスしたければするし、という女の子のエンパワーメントムービーとしての方向に振り切ると、ジェイソン・ライトマンの「JUNO/ジュノ」になるが、そうなるためには女の子の相手となるひとりひとりの男の子の背景の書き込みが必要だが、今作では個性豊かな女優陣に比べ男性たちの影は圧倒的に薄い。
後半、物語に転調をきたすのが、優子から順子に届く「指を切られた男の子がいます。相手はユキという子です」という密告の手紙である。順子が記者の三村に真相を聞くと、ユキ(朝倉葉子)への思いが変わらぬ証として、同級生の隆一(森高志)が自分の指を切り落としたという高校生カップルの純愛の物語として語られる。直接、ユキとその友人たちに話を聞きに行くが、彼女たちの反応は冷たい。やがて順子は地元の不良グループにレイプされ、ユキが以前、同様に襲われていたことを知り、その指示が交際を良く思わない隆一の父で、地元の新聞紙のオーナーであることを知る。
曽根は「曽根中生自伝 人は名のみの罪の深さよ」(文遊社)においてこの指を切るエピソードは相米のアイディアだと書いている。曽根はユキの行動は復讐と憎しみによるものと説明していて、「曽根中生 過激にして愛嬌あり」(ワイズ出版)の著書、倉田剛は順子が真実ではなく、三村から聞いた純愛物語を週刊誌に書いた行為について、「構造的に考えるとモノクロの場面はジャーナリストの視点がありカラーになってその視点は揺らぎ、なによりこの地方都市の変わることのない風景に、部外者はより孤独を深めるという結論だろう」と書いている。
曽根が言う指を切るというエピソードをわざわざ入れたのが相米の意志であるならば、私は順子の記事の内容は、声を奪われた人々が暮らす地方都市において、レイプと堕胎まで経験させられながら、何一つ、声を上げることをしなかった隆一に対する皮肉の効いた挑戦状であり、ユキがこの街で純愛を捧げられた女としての偶像を得ることで生き抜くようにと、ある種の護符を渡したと解釈したい。その後の相米映画が証明するように、相米作品のヒロインは身に降りかかった理不尽に対して黙っていることなどしないからだ。
今作のカメラマンは、相米の監督デビュー作「翔んだカップル」を務める水野尾信正であり、両作に似たアングルを見出すのはたやすい。特に「翔んだカップル」での薬師丸ひろ子と鶴見辰吾が終盤、抱き合って倒れ込む瞬間のその先を見せないで、観客に予感させる構図の使い方の原型は今作の順子のセックスシーンのあちこちに発見できる。だが、相米はその後、長回しを多用する中で、登場人物の身に重要な変化が起きているメタモルフォーゼの瞬間を徹底的に見せることにこだわっていく。曽根の観客を信じて見せない手法と、相米の役者を信じて見せる手法の違いは同じ長回しでもベクトルが逆で面白い。多分、相米は、そういう違いを見つけていく作業の方が、“なんだそれ、おもしろいじゃん”と笑って許してくれると思う。
「女高生100人(秘)モーテル白書」
監督:曽根中生
脚本:久保田圭司/杉田二郎
出演:岡本麗/桂たまき/朝倉葉子
1975年8月23日公開/70分
© 日活
作家主義 相米慎二2025
3.28(金)〜4.10(木)
Morc阿佐ヶ谷
<上映スケジュール>
3.28(金)〜4.3(木)“おかえり、ただいま。公開40年”「台風クラブ 4Kレストア版」
4.4(金)〜4.7(月)“相米唯一の脚本作を発掘”「女高生100人(秘)モーテル白書」
4.8(火)〜4.10日(木)“相米の盟友、名優・寺田農を悼む”「ラブホテル」
★ゲストのトーク・ライブも続々開催
4.5(土)19:00「女高生100人(秘)モーテル白書」上映後、加藤祐司(「台風クラブ」脚本)のトーク・ライブあり
4.8(火)17:00「ラブホテル」上映後、柄本明のトーク・ライブあり