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japanese artist × creator

石井輝男・超映画術

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賀来タクト


没後15年 天才にして職人 石井輝男・超映画術

「痛いね……、痛い。……痛いなぁ」

高倉健はうめくように声を漏らした。
2005年秋、映画「単騎、千里を走る。」をめぐる取材の席で、石井輝男の死について問うた際のことである。

石井輝男は今一度、高倉との映画作りを望んでいた。
その思いを高倉は知っていた。

高倉から絞り出されるように放たれたことばには、かつて共にしのぎを削った仕事仲間への哀惜、望みをかなえられなかったという悔恨の念がこもって、声を耳にするこちらが痛いほどであった。

その高倉との「網走番外地」シリーズ(1965-1967)に区切りをつけて、翌1968年、44歳の石井輝男は「徳川女系図」をもって〈異常性愛路線〉へと舵を切った。

アクションものを中心に多彩を極める石井の作品履歴において、今も衆目を集めるジャンルである。

「徳川いれずみ師 責め地獄」(1969)は同路線の第6作にして、一部の愛好家からは石井作品の金字塔とも目されている作品。

貞操帯をつけた女・由美(片山由美子)が墓を掘り起こす場面から始まり、そこからその女の回想へ一気に逆回転。

売春窟で女主人(藤本美重子)に気に入られ、貞操帯がはめられるまでが紹介されたかと思うと、今度は跡目争いをするふたりの彫り師(吉田輝男と小池朝雄)が登場。

その戦いがクライマックスへとなだれ込んでいくわけだが、節度を失ったのか、最初からなかったのか、同性姦をはじめとする性愛描写/刺青ショーがいちいち強烈で、お話自体がどうでもよくなってくるのが例によって大きな特徴。

ラストの女主人の処刑場面に至っては、これで決着していいのかという疑問をくゆらせながら、残酷を超えて痛快に映るのだから参る。

石井輝男は冒頭からいきなりクライマックスのような緊張感を観客にぶつけてくる演出家だが、この作品を入り口にもってくるあたり、本特集はそんな石井ならではの映画術、及び、作品エッセンスにならったかのような構成をとっている。

「明治・大正・昭和 猟奇女犯罪史」(1969)は「徳川いれずみ師」のわずか3ヶ月半後、「やくざ刑罰史 私刑(リンチ)!」(1969)を間に挟んで発表された作品。

精力的というか乱作というか、当時の石井輝男の勢いが目に浮かぶようである。
異常性愛路線に数えられながら、実録ものの色合いが濃く、小池朝雄が実在の強姦魔・小平義雄を怪演。

さらに、本物の阿部定を引っ張り出して、観客を仰天させる。

「ポルノ時代劇 忘八武士道」(1973)と「地獄」(1999)は、〈丹波哲郎パック〉と呼ぶべきか。

正確には、丹波が「忘八武士道」で演じた侍・明日死能(あしたしのう)がそれぞれ暴れる2作品で、とりわけ前者での殺陣は手飛び首飛ぶ荒技の連発。

「ポルノ」との看板がついているが、〈異常性愛路線〉の範疇に加えられていない作品であり、単に裸身の女性が多数出てくる残酷時代劇とするべきだろう。

同年に「人間革命」「日本沈没」という大作に出演し、いよいよ日本映画の顔となっていく丹波哲郎の守備範囲の広さ、石井輝男との絆の深さをあらためて感じさせる〈名優/盟友パック〉と呼んでもいい。

千葉真一主演の「直撃地獄拳 大逆転」(1974)は、盗まれた宝石を取り戻すための無茶な作戦に雇われた甲賀忍法の使い手を描くアクションだが、主人公が屁をこき小便で火を消すなどの幼稚なギャグが全編に満載。

さしずめ大バカ「ミッション・インポッシブル」といった趣。

やりすぎの果ての笑いということでは「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間」(1969)も同様の空気を持つが、こちらは〈異常性愛路線〉の末尾を飾る一本でもある。

人工双生児、金玉肥大男など数々のフリークスの登場、鮮烈な人間花火が打ち上がるラスト爆裂を含め、かつては地下マニアのためのミッドナイトムービー的な位置にあったが、今や「網走番外地」シリーズと並んで、石井輝男の名刺代わりにもなっている人気作だ。

その「恐怖奇形人間」で自ら主宰する暗黒舞踏塾を伴い、怪しい踊りを見せた土方巽が脇で〈せむ○男〉を演じる「怪談昇り竜」(1970)は、侠客映画に怪談の匂いを漂わせた異色作。

異色じゃない石井作品を見つける方が難しいと思う向きもあろうが、主演・梶芽衣子の日活所属時代の最晩年の一本でもあり、未見の向きには押さえていただきたいところ。

同様に「やさぐれ姐御伝 総括リンチ」(1973)も侠客映画の部類に入るアクション。

こちらの主演は池玲子で、公開当時、まだ20歳だというのに、冒頭から全裸での派手な殺陣に挑戦。豊満な胸をブンブン振って、ただただ圧巻。
〈異常性愛路線〉のひとつとして数えてもいいほどエロス描写の多い作品であり、再評価の呼び声も高い。

佐野史郎主演「ゲンセンカン主人」(1993)、浅野忠信主演「ねじ式」(1999)は、江戸川乱歩とともに石井輝男が好んだつげ義春世界の映像化に挑んだもの。

いずれもほぼ原作に忠実であり、石井輝男の愛読者としての誠意がまぶしく光った。

とかく奇天烈&キワモノ監督のイメージがついて回りがちな石井輝男だが、実物は驚くほど穏やかで心根の温かい人物である。

意志は強いが、エゴは少なく、異常でも変態でもない。
内なる狂気や娯楽気質はあれ、人として真っ当であった。

そんな人柄を熟知していた仕事仲間のひとりが高倉健であり、そんな石井輝男の天才性/職人性を現代に伝える目撃者として東映時代の同僚・伊藤俊也と瀬戸恒雄が行う今回のトークは貴重になるだろう。

没後15年。この特集上映を機会に、さらなる石井輝男評価が進むことを願わずにいられない。

東映時代はともかく、石井輝男が心の故郷に思う新東宝時代の検証もまだ十分ではないのだ。

これはゴールではない。
ここから始まる。

新しい石井輝男が生まれる。

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没後15年 天才にして職人 石井輝男・超映画術

池袋 新文芸坐

12/2(水)
「明治・大正・昭和 猟奇女犯罪史」
「徳川いれずみ師 責め地獄」

12/3(木)
「地獄」
「ポルノ時代劇 忘八武士道」

12/4(金)・5(土)*
「直撃地獄拳 大逆転」
「江戸川乱歩全集恐怖奇形人間」

12/6(日)・7(月)
「怪談昇り竜」
「やさぐれ姐御伝 総括リンチ」

12/8(火)
「ゲンセンカン主人」
「ねじ式」

※12/5(土)15:00よりトークショー:伊藤俊也&瀬戸恒雄(石井輝男プロダクション代表) 聞き手:賀来タクト

石井輝男監督オリジナルTシャツ 会場にて限定枚数販売


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