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ソ・ユミン
「君だけが知らない」

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夏目深雪


脚本は、約5年くらいずっと修正を重ねて、
50稿か60稿くらいまで行きました

――驚くべき緻密な物語で、一度観た後再見しました。一回目は主人公のスジンに感情移入して観たのですが、2度目はジフンがこの時はきっとこの時はこうだったんだ……と確かめるように観ました。

このような見方ができる映画は、古い映画ですが「シックス・センス」とか、韓国映画だと勿論パク・チャヌク監督の「オールド・ボーイ』など、決して多くはないと思います。脚本が素晴らしいと思いますが、どのような工程を経て、このお話は出来上がったんでしょうか。

「私も『シックス・センス』のように、観客が何度観てもその度に新しいものを見つけて楽しんでくれるような映画を作ることが目標でした。シナリオは、最初は記憶を失った女性が自分の過去を辿っていくというシンプルな話でした。それからジャンル的な面白さを追求し、スリラーとして楽しんでもらえるにはどうしたらいいかと悩みながらどんどん修正を加えていきました。その過程で未来を見ることができるという設定を入れたり、工事現場でのアクションシーンを入れたりしていきました」

――シナリオはどの位の期間で書き、何稿くらい行ったんでしょうか?

「書き始めたのは2014年の後半でした。15年に初稿が出来上がり、その後19年から撮影を始める前まで、約5年くらいずっと修正を重ねていました。50稿か60稿くらいまで行ったんじゃないんでしょうか」

――この作品はあなたの初長編作品になりますが、こういったサスペンス・スリラーがもともとお好きで?

「映画学校に行っていた時からサスペンス・スリラーも好きで、ヒッチコック監督の作品などを沢山観ていました。映画という芸術は、他の芸術と較べると、より五感を刺激してくれるところがより魅力的だと思います。サスペンス・スリラーというジャンルはそれに値するものではないかと思っていて、ずっとサスペンス・スリラーを撮りたいと思っていました。今回ようやく撮ることができてうれしく思っています」

――韓国では女性監督がどんどんいい作品を発表しています。「はちどり」のような少女を自伝的に描く映画もありますが、今年の1月に日本でもホン・ウィジョン監督の「声もなく」、パク・チワン監督の「ひかり探して」など女性監督の作品が公開されました。これらの作品は、従来は男性監督が撮ってきた犯罪映画やミステリーといったジャンルでした。男性監督の撮ったものに全くひけを取らず、しかも女性独自の視点があって質も高く大変驚かされました。

ただ一方で、デビューまでにはやはり苦労があったというような話もお伺いしました。監督自身はいかがでしたか?

「確かに最初に私が映画界に入った時には、女性監督は片手で数えられるくらいと非常に少なかったです。私もホ・ジノ監督の演出チームで仕事をしたくて、名乗り出たことがあるんですが、採用されなかったことがあるんです。理由が、既に演出チームに女性が1人いるから、2人はいらないということでした。

そして、演出チームに入ったあと、自分でシナリオを書き、製作会社に売り込みに行ったり、映画関係者に会ったりしたんですが、よく言われたのが、「映画監督らしく見えない」ということでした。「女性だからカリスマ性がない」とか。先入観から来るものだと思うんですが、それを聞いて「じゃあどうしたらいいんだろう」と本当に悩みました。初期の頃はそんな壁があったのは確かですね。

でも今は女性監督が良質な作品を沢山作るようになって、先入観もなくなっていっていると思います。不当な扱いや不利益を被ったりということも以前よりは減っていると思います」

――日本ではやはりパク・チャヌク監督やポン・ジュノ監督の人気が高く、女性監督も様々ないい映画を作っておりますが、その良さは別のものかなと思っていました。ただ、この作品は、私はやはり「オールド・ボーイ」の流れを汲んでいると思います。パク・チャヌク監督に対抗できる女性監督が出現したのではないかと勝手に思っているのですが……。

「パク・チャヌク監督やポン・ジュノ監督は私が最も尊敬する監督で、世界的な巨匠とも言えます。『オールド・ボーイ』のような作品を撮りたいというのが目標ですので、そんな風に言って頂いて本当に嬉しいです。

韓国の女性監督に関心を持って頂いてありがとうございます。私は日本の女性監督でも、例えば河瀬直美監督などが好きです。日本の女性監督も韓国に紹介されるといいなと思います」

――ソ・イェジ、キム・ガンウの演技が、難しい役どころだと思いますがリアリティがあって素晴らしいです。演出で留意したことはありますか?

「確かに2人とも難しい役だったと思います。ソ・イェジさんは彼女の過去を辿っていくように、時間軸を追っていくような演出をしました。キム・ガンウさんは最初は謎めいて秘密が多いように見えるんだけれども、後では何かを隠しているような演技をしなければいけなかった。後半では事情が判明していき観客が色々とそれまでのシーンを振り返ることになりますので、その感情表現も考慮しながら演出をしていきました。でもキム・ガンウさんとは沢山の話し合いが出来ました。彼は今の状況に身を任せて主人公の感情のままに演技をしてみますので、監督が全体を見て調節してください、とのことでした。私は観客の立場になってみて、ディティールを見極めながら演技を調整していきました。難しい作業でしたが、でも2人とも素晴らしい演技を見せてくれたと思います」

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「君だけが知らない」


「君だけが知らない」

監督・脚本:ソ・ユミン
出演:ソ・イェジ/キム・ガンウ
2021/韓国/100分
原題:RECALLED
(c)2021 CJ ENM. All Rights Reserved.

10月28日(金)より シネマート新宿 ほかロードショー

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