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ワン・ワンロー
「擬音 A FOLEY ARTIST」

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賀来タクト


台湾を含む中国映画における音と
音響効果の話こそ、この映画の主役なのだと

――「擬音 A FOLEY ARTIST」は、映画の音響制作における職人の姿を追ったユニークな記録映画です。今回、日本での劇場公開がかなって思うことはございますか。

この映画は2014~2016年に製作されました。台湾では2017年に公開されて、その後、第30回東京国際映画祭(「ワール・フォーカス/台湾電影ルネッサンス2017」の枠で)にも参加させていただいています。つまり、もう6年も前に作られた映画なんですね。6年ぶりに日本のみなさんにご覧いただける喜びもありますが、6年も前の作品ということでの心配もあります。もしかしたら、今の人には古く感じられる作品になってしまっているかもしれません。私自身、昨日、見直してみたんですが、ちょっと恥ずかしかった(笑)。今の自分ならこういう編集はしません。結構、大胆な編集をしていて驚きました。東京国際映画祭のときは、高校生くらいの若い女性の観客の反応が印象深かったです。そのとき、この映画に出ているフォーリー・アーティストの胡定一(フー・ディンイー)さんも一緒だったんですが、その若い女性は彼に「どうしたらあなたのような仕事につくことができるんですか」と質問をしながら泣いていました。ドキュメンタリー映画の持つ力を感じましたね。一般にはあまりなじみのない映画の職業を描いている作品ですが、そういうものでも国境を越えて伝えることができるんだとあらためて思いました。インタビューした映画人の中にはこの6年間で故人になった方もいらっしゃいます。その意味では貴重な部分もありますね。今は日本のみなさんのご感想を早く伺いたい気持ちです。

――台湾映画界で活躍されたフー・ディンイーさんの履歴を軸に置きつつ、中国や香港映画界の音の歴史を絡めて紹介しているところが、この映画の個性でもあります。

当初は、シンプルにフーさんを描くだけの作品にしようと思っていたのですが、実はこのフーさんが大変な口下手で(笑)。特に、職業の歴史についてはあまり語ってくれませんでした。考えてみれば「フォーリー・アーティスト」と呼んでいますけれど、フーさんは中央電影という会社で見習いから音の仕事をずっとやってきた人で、いわゆるサラリーマンと変わりません。彼の人生も仕事もすごくシンプルなんです。一方、フーさんのことと並行して映画産業にふれていく中で、ある時期、台湾では香港映画が人気だったこともあり、香港映画界では音はどうしているのかと考えました。それを知るために香港のベテラン・サウンドディレクターに会ったら、中国映画のことばかり話される。時には西洋映画と比較しながら。その話を伺っているとき気づいたんです。この映画の主役はフーさんではない、と。台湾を含む中国映画における音と音響効果の話こそ、この映画の主役なのだと。実際、フォーリーで作られる音は映画の音の一部に過ぎません。映画には撮影現場で収録した音や映画のために作られた音楽を含め、いろんな音が介在しているんです。でも、フーさんの人生やフォーリーの仕事自体は面白いし、そこに中国映画の音の世界を加えるとなると、かなりの分量になってしまう。西洋映画との比較や西洋音楽における音について言及をしなかったのは、私自身の研究不足とともに、そういう事情もありました。

――フォーリーの仕事は、録音した現実音をサンプリング化して使用する一方、手作業で疑似音を出すことが基本。それはハリウッドでも同じです。どんなに技術が発展しても、そこにかかわる人間のセンスがものをいいます。

おっしゃるとおり、どんなに機械で便利になっても、それが職人に取って代わることはないでしょう。これだけデジタル化が進んでいる映画界でも、フォーリーの仕事だけは100%デジタルには置き換えられません。人間が出す音と、機械やデータベースが出す音はどこか違います。私自身、伝統的な手仕事はとても好きですし、今もスチルカメラではフィルムを使っています。だからこそ、フーさんの手仕事に惹かれましたし、この映画を作った理由もそこにあります。

――台湾では映画の音の制作にどれほどの時間をかけられているのですか。

映画の予算や製作状況によって全く違いますけれど、たとえば中レベルの予算の劇映画ですと、ポストプロダクションにかける期間は1ヶ月くらいですね。さらに、音のエンジニアと監督がダビングをするときには、その調整に2週間が必要とされています。台湾映画の音が見直されたのは、ホウ・シャオシエンらを輩出した80年代台湾ニューウェーブの頃ではないでしょうか。あれから映画の音はよくなったと思います。この「擬音 A FOLEY ARTIST」が台湾で公開されたとき、関係者の間で結構、議論が起きました。あらためて映画の音響効果について意識を向けさせることができたという意味では、私の映画も少しは映画界に貢献できたのかなって思っています。私自身は日本映画の音響はよくできていると感じていますが、日本でも同様の関心や議論が起きればいいなと思います。

――ワン・ワンロー監督はかつて女優を目指された時期があったそうですね。ご自身の監督・主演映画を作るような企画は考えていらっしゃらないのですか。

そういうことをご質問されるということは、私の古い経歴をご覧になったということですね(笑)。確かに、大学を卒業したばかりの頃は演技の領域を試してみたいと思っていました。でも、その後、どういうわけか、ドキュメンタリーを作る道を歩み始めてしまったんです。将来はどうなるか、わかりません。もし、縁があって自作自演の作品を作る機会がめぐってきたとしても、それを私の中から排除するつもりはないとだけ、今は申しておきます(笑)。

――女優ワン・ワンリーのインタビュー取材ができる日を楽しみにしています。

繰り返しますが、将来のことは誰にも予想できませんからね(笑)。アリガトー!

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「擬音 A FOLEY ARTIST」


「擬音 A FOLEY ARTIST」

監督:ワン・ワンロー
出演:フー・ディンイー/台湾映画製作者たち
2017/台湾/100分
配給:太秦
ⒸWan-Jo Wang

11月19日(土)より、K’s cinemaほか全国順次公開

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