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photo:丸谷嘉長

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パク・チャヌク

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相田冬二


やはり、二人は同じ類の人間
なのだと思います

一躍その名を世界に轟かせた「オールド・ボーイ」から、前作「お嬢さん」まで。パク・チャヌクと言えば、復讐と暴力の作家としてのパブリックイメージが強いし、彼自身そうした印象に抗ってもこなかったと感じる。しかし、昨年のカンヌで新風を巻き起こし、監督賞に輝いた「別れる決心」は、これらの系譜とはまるで異なる傑作だ。だが、それを、新境地と呼ぶべきではないと思う。

来日した監督に話を聞いた。

――わたしはあなたのことを「サイボーグでも大丈夫」や「イノセント・ガーデン」の監督としても認識しています。なので、このようなロマンティックな映画を撮ってくださったことを、とても嬉しく思っています。

「ありがとう。私も『サイボーグでも大丈夫』をロマンティックな映画だと思って作っていましたから」

パク・チャヌクは微笑んだ。実にロマンティックな微笑みだった。

――そのロマンティックな題材を、とても新しい構造と着眼点で、新しい映画体験に昇華していると感じます。どうすれば、映画が新しくなる、と考えましたか。

「刑事が捜査中に、ある女と出逢い、恋をして、愛するようになってしまう。これまでも、そのような作品は映画史の中にたくさんあったと思います。今回は、そのようなものとは別物にしたいと考えました。主に、そこに登場する女性はファム・ファタールと呼ばれる男を利用する悪女と呼ばれる存在でした。最初、この映画『別れる決心』を観た観客のみなさんも、ヒロインはきっとファム・ファタールなのではないかと思うのではないでしょうか。 しかし、本作は大きく分けて、パート1とパート2に分かれています。パート1では典型的なフィルム・ノワールになっていると思います。パート1が終わった時点で、それは1本の映画にもなり得る。そのような構造になっています。その後、パート2に続いていくと、これはフィルム・ノワールのファム・ファタールではない、ということがわかってきます。だんだんヒロインの女性がその正体を表していく。まさにロマンスが始まっていくわけです」

この映画を、ある人はミステリーと呼ぶかもしれない。ある人は恋愛映画と呼ぶだろう。恋はいつだってミステリーだ。逆に言えば、ロマンティックな現象はすべて、パート1からパート2への移行なのかもしれない。「別れる決心」は、構造そのものがロマンティックなのである。では、このロマンティシズムを、パク・チャヌクはどのような時間感覚で描いているか。主人公の男女は異なる言語を話す。韓国人刑事と、疑惑の中国人女性。ふたりは、スマホの翻訳アプリでやりとりする。

「翻訳アプリであっても、人間の通訳者であっても、普通は映画の中で使うのを避けると思います。観客はその時間をとてももどかしく感じるでしょう。その時間を待たなくてはいけない。そのような事態を避けた方がいいと考える。違う国の男女が出逢って、相手に好感を抱く。そのとき、いちばん難しいのは、違う言語でコミュニケーションをとること。そこをきちんと表現しようと考えました。相手はいったい何を話しているのだろう。それがわかるまで待つもどかしさ。それは男性主人公が感じるのと同じように、映画を観る観客のみなさんももどかしいでしょう。実際は、相手が言っていることを聞き取れないのに、耳を傾ける。そして、必死に何を言っているのかわかろうとする。相手の表情から読み取ろうとする。ヒロインが中国語で話すときは、それだけ彼女に言いたいことがあり、気持ちとして切迫している。興奮している。それは表情からわかる。だから、翻訳アプリを使って、待ってでも、わかりたい。その気持ちを表現しようと思いました。簡単に言えば、愛する人と逢う約束をしているのに、相手はなかなか現れない。どうしたんだろう? 何かあったんだろうか。そんなふうにもどかしく、心配しながら待つ気持ちに似ているのではないでしょうか」

こうした着眼と、それによって生み出される呼吸に、この映画作家のロマンティックな本質が立ち現れている。

そして、次の言葉は、象徴的だ。

「やはり、二人は同じ類の人間なのだと思います。それを表現したいとも思いました。実際に共通点はいくつかある。たとえば、実際に似た者同士かどうかはわからなくても、『あなたと私、こんなことが一緒ですね』と、たとえそれがこじつけだとしても、ああ、私たちは同じだ、と言いたい、考えたいときってあるじゃないですか。そういうことにも似ていると思うんです。二人は、山よりも海が好きです。そして、本当は避けたいような出来事も、避けることなく直視しようとする性格も共通しています」

まずは、あらゆる先入観を排して、「別れる決心」において、恋が始まる瞬間を見つめてほしい。そこから、あなたのパク・チャヌクが、もう一度、始まるから。そう、パク・チャヌクの「パート2」が始まるのだ。

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「別れる決心」


「別れる決心」

監督:パク・チャヌク
脚本:チョン・ソギョン、パク・チャヌク
出演:パク・ヘイル、タン・ウェイ、イ・ジョンヒョン、コ・ギョンピョ
提供:ハピネットファントム・スタジオ、WOWOW
配給:ハピネットファントム・スタジオ
2022年|韓国映画|138 分
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2月17日(金)より TOHOシネマズ日比谷 ほか全国ロードショー


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