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木寺一孝
「正義の行方」

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小林淳一


冤罪かどうか、真相はどうかというよりも、
事件に引きずられた葛藤、みたいなことを当事者で描きたいと思いました

1992年、福岡県飯塚市でふたりの女児が殺害された。犯人とされた久間三千年(くまみちとし)が逮捕され、2006年に最高裁で死刑が確定。

2008年、死刑は執行された。
翌年には冤罪を訴える再審請求が提起される。
映画「正義の行方」は、弁護士、久間の妻、警察官、新聞記者という立場を異にする当時者たちが語るドキュメンタリーである。

監督の木寺一孝に話を聞いた。

「『正義の行方』というタイトルにすべてが凝縮されています。10年前にこの事件の取材を始めた時は、弁護団中心のものでした。そのころはまだ、久間さんの奥さんの取材ができなかった。そして、再審請求の棄却が相次ぐ中で、なかなかNHKで企画が通らない。そうした硬直した状況の中で、2018年、西日本新聞との出会いがありました。その中で多角的に取材を広げようということで、局に提案が通ったのが2020年。スタッフを含め議論して、多角的に広げるという中で、いちばん大きいのは警察官に取材することだろうと。しかし、警察官に取材することは極めて難しい。どう口説こうか、どう説明しようかと悩みました。こちらの作品の意図を説明するときにでてきたのが“それぞれの正義”ということ。弁護士にも、新聞記者にも、そして、警察官にも“それぞれの正義”について聞いていこうと。しかもそれをフェアに聞いていこう、説明しよう。そういう中で“それぞれの正義”という言葉が出てきました。それがタイトルの『正義の行方』になった」

木寺は1988年にNHKに入局、一貫してディレクターとして現場にこだわり、死刑や犯罪を題材としたドキュメンタリーなどを制作してきた(2023年、退局。現在は「ビジュアル・オフィス善」に所属し、ディレクターを続けている)。

本作「正義の行方」はBS1スペシャルで放送された「正義の行方~飯塚事件30年後の迷宮~」(22)の映画化作品である。

「TV版とは変えていかなくてはいけない。でも、尺を増やしてもいけない。本作の映画化にはユーロスペース支配人の北條誠人(制作協力としてクレジット)さんの助言が大きかった。北條さんと最初に話しているときは弁護団・久間さんと警察官の主張がぶつかるポイントを増やそうかと思いました。番組の時には使っていない箇所が何か所かあったのです。それらを映画版には入れようかと相談していました。新たに出てきた別の場所で女児を車に乗せている男を見たという目撃証言(これも撮っていたがTVでは使っていなかった)のようなものを入れようかという議論もしました。そんな流れの中で、北條さんからメールが来ました。

『この番組を映画にできると思ったのは、よく考えると、西日本新聞なんだ。そこの印象が自分は強くて、ミニシアターを含めたオールドメディア(TV・新聞・ミニシアター)が社会にとってどう役に立てるか、その光りみたいなものを自分はこの作品から感じた。自分たちがどんどん年を重ねていくと忘れ去っていくような矜持みたいなものを発揮している、そこに惹かれたんだと思いました』

このメールをいただいて、そこから考え直して、西日本新聞の宮崎(昌治)さんという記者を軸として、再構成してみようと思いました。それがTV版との違い。宮崎さんは西日本新聞入社からずっと「飯塚事件」と伴走してきました。久間元死刑囚に捜査の手が迫っている動きをつかみ、「重要参考人浮かぶ」というスクープを打ったのも宮崎さん。久間三千年が冤罪であることが証明されたら、いちばんリスクが高いのは宮崎さんだと思うんですよね。社会的にいちばん非難を浴びる可能性がある。でも、宮崎さんが凄いなと思うのは、自分たちの責任は引き受けるという姿勢でした」

木寺はNHKスペシャル「母・葛藤の日々~息子が殺人犯となって一年」(99年)、ハイビジョン特集「死刑~被害者遺族・葛藤の日々~」(11)などを手がけてきた。

「死刑に関するドキュメンタリーをつくっているときに『飯塚事件』の存在を知りました。もし、これが冤罪だったとしたら、とんでもないことだなという。死刑執行後の再審の可能性があるのだということが、まず最初の驚き。それで弁護団の話を聞きにいったとき、『自分たちが久間さんを殺した、再審請求の準備が遅かったんだ』という彼らの葛藤を知りました。その想いを目にしたのが、制作を決意した理由のひとつです。もうひとつ、本来はこうしたかったということがありました。死刑をめぐる被害者遺族たちの葛藤をめぐるドキュメンタリーをつくっていて、これも死刑反対を訴えているわけではなく、死刑事件にまつわる被害者遺族が、事件が起きたことで死刑に引きずられていく人生を描いていった。それと同じように『飯塚事件』も、久間さんの奥さんと被害者遺族ですね、そのふたつがものすごく近い世界にいらっしゃいました。1、2キロ圏内の世界にどちらも住んでいらっしゃって、スーパーで会うこともあったようです。まずはそこをやりたかったんですね。冤罪かどうか、真相はどうかというよりも、事件に引きずられた葛藤、みたいなことを当事者で描きたいと思いました」

本作の大きな特徴の一つは、“ドキュメンタリー”の中に“西日本新聞による調査報道”というものが入れ子構造のように入っていることだ。

「僕は調査報道には興味がない。報道の人間でもないので、何かを暴いて調査報道をやっていくことに自分の資質も含めてあまり関心がない。それよりも、事件にまつわる人間ドラマを描きたいという想いが根底にあります。普通、調査報道を目指す人からすると、西日本新聞が勝ち得た成果をそのまま出すなんてできないと思うんです。実際に局内でそういう批判も受けました。“自分でなぜ探ってないんだ、そこが自分の勝負どころだろ”という。でも、僕のスタンスは撮影することで真実を暴こうということではない。人間のドキュメント。それをぶつけることでこれまでにないものができるのではないか。西日本新聞がやった83回の調査報道の中で“連れ去り現場での車タイヤの目撃者”と“國松長官”、この2つが白眉だと思いました。その行程を描こうと。それによって、飯塚事件が、また違う方向に揺らぎした」

こうしたドキュメンタリーでいちばん難しいと思われる警察官へのインタビューも行われ、それは作品の多くの部分を占めている。

「言いたい、ということはあるのでしょうね。みなさん、70代、80代になられているので、自分の中で何か残したいということはあるのでしょう。2年7カ月の格闘。どうやって逮捕したのか。証拠がない、それをどうやって集めたのか。どんな苦労があったのか。再審が起きてそれをどう思っているのか。どのくらい正直にしゃべってくれるか。記憶は鮮明でした。そこには彼らの“正義”があった」

坂田(政晴)元班長が、見込み捜査ではないかということに対して“車、事前に調べるの、当たり前でしょう”という主旨の発言をする。

小山(勝)元刑事が「(久間逮捕から)もうこの手の事件が起きていないということでしょう」と言う。

「僕もそう思ったんですよね。見込み捜査が批判されていますが、怪しい人がいれば調べるのは当然だと思う。警察の側に立つとそう思ってしまう。小山元刑事の発言も、あれが自分にとっての真実なんだと。証拠じゃないけれど、自分にとっての真実。刑事の経験からして」

本作は映画化が決まる前から映画をめざして制作していたという。

「最初から映画にしたいと思ってつくってはいました。『“樹木希林”を生きる』(19)で映画は1本やっていたので、やり方もわかっていた。インタビューが肝なので、これをどういうふうに撮るかが課題でした。資料映像とインタビューとイメージカットしかない。ドキュメンタリーで“インタビュー”を撮るのは本来、邪道なんです。“シーン”を撮ることが目指される。例えば、こんなことがありました(木寺が撮ったNHKスペシャル「父ちゃん母ちゃん、生きるんや~大阪・西成 こどもの里~」(03))。西成で親がアル中で子供を捨てて、脳梗塞で倒れる。自分勝手ですが、親は子供と暮らしたくなるんですよ。そして、息子は半身不随の親と暮らすことになる。嫌だと言っていた息子が横に寝るんです。『おやじはめんどいけど、おらんとさびしい』とか言ったりするんです。そういうのが撮れてしまったりする。そういうある「シーン」をどう撮れるかがドキュメンタリーの勝負。僕もずっとそれで勝負してきたんですが、だんだんコンプライアンスなどが強くなって、そういうものは撮りにくい環境になってきました。それをいやらしく撮っていくのも、よろしくないですしね。もうちょっと違うやり方ということで、“連合赤軍”(ETV特集「連合赤軍~終わりなき旅」(19))からインタビューを中心にやるということをやりはじめたんです。“樹木希林”さんもほぼインタビューで構成しています。取材の場を整えるのが僕の最大の仕事。インタビューにもっていくまでの空気をどうつくるかみたいなことを延々やっているんですよね。何度も会って、繰り返し同じ話を聞く。自慢話とかそういうことも聞く。インタビューを行うときは、僕が取材相手と一番近い場所に座り、カメラは僕の後ろにいる。ある種の緊張感を持って聞いている。3時間くらいずつやりました。今回は“なぜ、刑事になったんですか”、そういうところから聞いてます。事件の時、何をしていたのか、それは過去なんだけれど現在進行形みたいな聞き方をしていく。ディテールを含めてそのとき思ったこと、疑問もそこでぶつける。ノーナレーションなので、僕が聞いた言葉もナレーション代わりにするというところまでやって、そこが勝負の場というか、それができなかったら成立していない。いちばん難敵だった山方(泰輔)元捜査一課長の話がとれて、映画を終わりにすることができました」

映画「正義の行方」が公開されて、その反響も木寺の元に届いている。

「TVとはぜんぜん違うなという感じがしました。映画を観る方の観方は違うなという。
フラットにご覧いただいているという印象があります。いろいろな見方で自分なりの想像を巡らせて、あまり一方的に白か黒かみたいな感想が出てこないんですよ。そこが僕は嬉しい」

第一次再審請求は棄却され、第2次再審請求が提起されている。
2023年11月、女児を最後に目撃した女性への証人尋問では過去の供述が翻された。

今年6月5日には裁判所の判断が下される。事件は続いている。

「撮影はしています。しかし、作品にするかはわからない」

現在、木寺は“司法”をテーマとした新作ドキュメンタリー(NHKにて放送予定)制作の佳境にいるという――。

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「正義の行方」 © NHK


「正義の行方」
監督:木寺一孝
2024年/158分/日本
配給:東風

ユーロスペースにて公開中 全国順次公開


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