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台湾巨匠傑作選2020

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小田 香


ヤオ・ホンイーの世界/後編

今年も「台湾巨匠傑作選」が開催される。
このラインアップに「台北暮色」と「あなたを、想う。」が含まれている。

「台北暮色」では撮影監督を務め、「あなたを、想う。」では一部パートを担当した、ヤオ・ホンイー(姚宏易)、その映像世界(後編)。

美術を学んで広告会社のカメラマンとなり、ホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督の現場に入ったヤオ・ホンイー(姚宏易)。

撮影だけでなく、編集や制作、進行を務めながら映画制作全般を学んだ。

撮影監督としては、ホウ・シャオシェンはじめ、シルヴィア・チャン(張艾嘉)やウォン・カーウァイ(王家衛)作品や多くの作品で世界的に知られる撮影監督リー・ピンビン(李屏賓)の下で着実に力をつけていった。

そんなヤオ・ホンイーにシルヴィア・チャンも全幅の信頼を寄せ、2015年の監督作「あなたを、想う。」では水中撮影のパートを依頼。

主人公の母親役のリー・シンジエ(李心潔)が海に潜る幻想的なシーンについて、監督は「とにかくカメラマンが素晴らしかった。
私はただこんな画が欲しいと要望を伝えただけで彼に任せましたが、素敵なシーンをいっぱい撮ってくれました」と語っている。

光が射すか射さないかの深い海の中で人魚のように自由に泳ぐ彼女の姿は、プールなどではなく実際に台東沖の緑島の海中で撮られたものだ。

それは、この映像なくしては映画が成立しないと思える、作品の核とでもいうべき場面となった。

この作品に限らずヤオ・ホンイーの撮る映像の中でも特に目を引かれるのが水や鏡のシーンだ。

一人の男の出現によって変質していく女性カップルの関係を描いた2006年の彼の初監督作「愛麗絲的鏡子(鏡の中のアリス)」は、鏡やガラス越しに映し出される彼女たちの姿が印象的だ。

最近では、撮影を担当したビー・ガン(畢贛)監督作品「ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ」の映画後半の3Dによるワンショット撮影が大きな話題となった。

ただ、スケジュールの関係で彼が実際にカメラを回したのは前半の2Dパートで、後半は他の二人に委ねられたというが、それ以前に監督と組んで2016年に撮られた金馬奨CFを見れば、後半のその映像はまぎれもなく彼が構築した監督の世界だということがわかる。

「秘密金魚」と題されたわずか80秒程度の夢のような短い映像は、「ロングデイズ〜」で主人公が足を踏み入れたトンネルの奥の光景とよく似ている。

少年が卓球のラケットを水の中に投げ入れると、カメラは水中から奇妙な部屋へと見る者を誘う。

古いクローゼットにはめ込まれた鏡が別の鏡を映し、天井で回るミラーボールの光は水浸しの床を照らす。

部屋では3人の男たちがハンモックやソファなど、思い思いの場所で惰眠を貪っている。
目覚めているのは古ぼけた椅子に止まった小鳥だけ。

撮影場所となった轟々と流れ落ちる滝のそばに建つ陋屋があるのは、映画と同様ビー・ガン監督の故郷・凱里(カイリ)だそうだ。

このメイキング映像を見ると、ヤオ・ホンイーが手にしているのが16ミリカメラだとわかる。

彼は中国の著名な画家・劉小東の帰郷を追った2011年の監督作「金城小子」ではHDと16ミリカメラを巧みに使い分け、ウェットで温かみのある16ミリの粗い映像が、中国東北部の街の息遣いを鮮やかに捉えた。

「人生の原型を撮りたい」という彼にとってドキュメンタリーは最も重要な表現方法で、大事なのは「人の感情をどう映すか」だ。

現在は再び監督として、世界的に活躍する台湾出身の舞踏家・許芳宜についてのドキュメンタリー「我心我行」を手がけている。

水を張った回転する部屋(!)や巨大な鏡面を使ったセットでダンスシーンを撮影する、といった話を聞くだけで、どんな映像が見られるのかと期待が高まる。
ヤオ・ホンイーの世界はこれからも無限に広がっていく。



「台湾巨匠傑作選2020」
9月19日(土)~11月13日(金) 新宿K’s cinemaにて上映
「台北暮色」 9月23日(水)、9月29日(火)、10月3日(土)、11月2日(月)上映
「あなたを、想う。」 9月23日(水)、10月9日(金)、11月3日(火)上映


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