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トム・リン

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夏目深雪


残虐な場面ですので、カメラが直視するということはしたくなかった

「九月に降る風」(08)、「百日告別」(15)など、瑞々しいタッチで青春や恋愛を描いてきたトム・リン監督。新作は、マレーシアの作家タン・トゥアンエンの小説「夕霧花園」の映画化。

1950年代、イギリスの植民地となったマラヤ(現在のマレーシア)で、亡き妹の夢である日本庭園造りに挑んだヒロイン・ユンリンと日本人庭師・中村の出会いと別れを三つの時間軸の中で描く。

――歴史を題材にした非常に重厚な作品ですが、今までのトム・リン監督作品とは外観が違うものの、内実は愛を描sいているので共通点もあるといったところでしょうか。
製作のきっかけは?

全ては縁ですね。マレーシア現地の製作会社がアプローチして来て、小説の映画化権を買っていて、第2稿の脚本もできているので、ぜひ読んでみてくれないかということでした。

私は小説の存在は知らなかったのですが、先に読んでみたら、非常に感動しました。
この物語の背景は一つの大きな歴史ですね。

私はそのような映画を撮ったことがないし、ましてや戦争の場面も撮ったことがありません。

でも逆にやってみようと。
私にとって大きなチャレンジとなりますが、ぜひやってみようと思いました。

――ウェイ・ダーション監督の「セデック・バレ」など、日本の統治時代を描いた映画が台湾の新世代の監督によって撮られてきたのが2010年代以降の傾向ですね。
ただこの作品はマレーシアが舞台です。製作上のご苦労もあったのではないかと思いますが…。

映画製作に関しては本当に大変でした。
私自身、このような大きなバジェットの製作を手掛けたことがなかったのです。

また、現地のマレーシアの製作会社にとっても、今回の映画は規模が大きかったんです。

各国の人材を結集して、やっとこの大きな映画を完成させることができました。

製作の初期の段階では、様々な人とコミュニケーションを取らなければいけない、マレーシアのことも勉強しなければいけない。

またロケーションを見つけるのも大変でした。
現在のマレーシアで当時の撮影が適するところを探すのが難しくて、全国あちこちと足を運んでなんとか完成させることができました。

――準備と撮影期間にどの位かかっているんでしょうか。

イギリス人の脚本家と共同作業して、脚本に1年余りかかりました。
撮影自体は2カ月だったんですが、準備や編集を含め製作自体にさらに1年くらいかかっています。

――リー・シンジエ(アンジェリカ・リー)はマレーシア出身、阿部寛は日本人、シルヴィア・チャンは台湾出身、いずれも素晴らしい演技を見せていますが、お国柄というか、物事の捉え方がやはり違うところはあるのではないでしょうか。
彼らが混じり合うことで、何か苦労された点は。

役者に関してはそれほど苦労しませんでした。
というのは、全員みなプロフェッショナルで、ドキュメンタリーや文字資料などを資料として提供して理解してもらう。

当時の状況はみな分かりませんので、みなで勉強して理解してもらうということです。

みなさん脚本や自分の役柄を信じていらっしゃるんですね。役者の間のコミュニケーションに関しても苦労することがありませんでした。

ただ脚本は文字だけですので、なかなかデリケートな部分までは分かりません。
日本軍の兵士が行った非常に暴力的な行為に関して、阿部さんのチームから撮影方法について質問があり、議論するというようなことはありました。

――3人とも、「この3人しかいなかった」というくらい役柄がぴったり嵌っていますね。

3人に関して言えば、他の人を考えたことがなかったんですね。

キャスティングに関してはラッキーでした。
3人とも、オファーしてすぐにOKを貰えましたから。

――この映画での日本兵は、残虐さや性暴力などのおぞましさは率直に描かれていますが、中国映画の中の日本兵のように鬼のように描かれているわけでもない。
また、マラヤ共産党の兵士たちも同じように残虐に描かれているのが印象的です。
台湾人である監督が描いたことによって中立性が出たのでしょうか。
また、先ほどお話されていた俳優サイドからの指摘などの影響もありますか?

私は台湾人ですが、それとは関係なく、映画に登場する全員に対して、偏った描写があってはならないと思いました。

人間はみな異なる環境下に置かれると、一定の行動をするわけです。

どういうモチベーション、理由があってその行動に出たのか。
それを総合的に知る必要があると思うんです。

映画の中でのマラヤ共産党のゲリラの行動に関しても、理由があるはずです。
私は役者と撮影の前には必ずコミュニケーションを取り、行動の理由と動機を理解してもらいます。

監督として「鬼のようにやって」と言うことはできません。
あくまでロジカルな思考のうえで、素晴らしい演技というのは可能になると思うんです。

場面をどう見せるか、技法に関しても、役者に深く理解してもらう必要があります。
先ほど紹介した日本軍の暴力的なシーンについても、阿部さんサイドが気にされるのは、実際に日本の方がスクリーンで観るわけなので、基本的にはいいことだと思うんです。

私としては、そういった場面でも、一定の距離感を保ちつつ、美的な観点から処理した方がいいのではないかと思いました。

ユンリンと妹の慰安所のシーンですが、慰安所の中にカメラが入ることはなかったんですね。

私としては、残虐な場面ですので、カメラが直視するということはしたくなかった。
だんだんと引いていくべきだと思いました。

場面の緊張感を映像的に保つには様々な方法があります。
私はあくまでも美的な観点から考えるべきだと思い、実行したんです。

――今まで主に恋愛映画に適用されていた監督のロジカルな思考による美的センスが、今回こういった重い題材のものに適用されたのだということが、今のお話を聞いてよく分かりました。

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「夕霧花園」


「夕霧花園」

監督:トム・リン
出演:リー・シンジエ/阿部寛
2020年/120分/マレーシア
原題:夕霧花園 The Garden of Evening Mists

配給:太秦

7月24日(土)より渋谷 ユーロスペースほか全国ロードショー


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