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石坂健治
第35回東京国際映画祭(2022)

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夏目深雪


「アジアの未来」10周年
~これまでの歩みと今年の傾向~

昨年17年ぶりにプログラミング・ディレクターの交代があり、会場も六本木から銀座に移して再出発した東京国際映画祭(以下TIFF)。今年は「アジアの未来」が10周年ということもあり、長らくTIFFでアジア部門を担当してきた石坂健治シニア・プログラマーに展望をお伺いした。

――「アジアの未来」になる前は「アジアの風」だったんですよね。「アジアの未来」になって何が変わったんでしょうか。

「2007年に暉峻創三さんから引き継いで、13年に「アジアの未来」に変わるまで「アジアの風」を担当していましたが、これはノンコンペのパノラマだったんです。要は当時ディレクター・ジェネラルだった椎名保さんと話し合って、第2コンペ部門を立ち上げたということです。TIFFは時期的に釜山国際映画祭と東京フィルメックスに挟まれています。釜山には「ニューカレンツ」というアジア映画のコンペ部門があり、フィルメックスもコンペ部門はあるけどプレミアには拘っていない。TIFFは釜山で上映したものでも上映できた利点はあったけれども、なかなか独自性が打ち出せないということで、一つくらい釜山の対抗軸になる部門があった方がいいのではないかということでした。そこで、最初はデビューから2本まで、途中から3本までになったんですが、新鋭監督向けのコンペティション部門を設立しました」

――釜山に対抗したんですか!

「そう。無謀にもね。でも10年やってみて、向こうは10本WP(ワールドプレミア)、こちらも10本WP、それぞれ良作がバラけているし、アジア映画は毎年の収穫が多いので、十分張り合えていると思います。」

――そうですか……? 私も今年初めて釜山に行くんですが、20スクリーンくらいあって、スケジュール組んでたら、日曜の朝の上映がブリランテ・メンドーサとヒラル・バイダロフとアリ・アッバシでかぶってるんですよ! 鼻血が出そうでしたね。
TIFFの話に戻ると、13年に「アジアの未来」が始まると同時に、翌年の14年から東南アジアに特化した部門「CROSSCUT ASIA」が始まります。これは当時、安倍政権が東南アジアとの緊密な関係を築くための纏まった資金が国際交流基金にあり、当時設立されたばかりのアジアセンターとのコラボで実現した企画でした。19年まで6年間続きましたが、それとは別にアジア映画の小さな特集上映も必ずあって、キム・ギヨンやらエドワード・ヤン、台湾特集など、非常に充実していたと思います。
「アジアの未来」の作品は初期の方が印象に残ってますね。14年のイランのアミールフセイン・アシュガリ監督の「ゼロ地帯の子どもたち」(公開タイトル「ボーダレス ぼくの船の国境線」)、15年のタイのピムパカー・トーウィラ監督の「孤島の葬列」。観ていない作品が賞を獲っても劇場公開されないと観る機会もないのは残念ですね。大阪アジアン映画祭なんて、賞を獲ったものをテレビ放映するんですよ。いい制度だと思います。

「私はゼロ年代は9.11を受けて国際交流基金主催の「アラブ映画祭」などで中東映画をかなり上映していたんですよ。10年代になって、2010年にアピチャッポン・ウィーラセタクンの「ブンミおじさんの森」がカンヌでパルムドールを獲ったことが象徴的なように、東南アジア映画が面白い作品が多くなってきた。「CROSSCUT ASIA」は、それと並行してタイミングよくアジアセンターが出来たという、両方があって実現できた企画でしたね」

――我々で「躍動する東南アジア映画 多文化・越境・連帯」(論創社)という本も出せましたね。「CROSSCUT ASIA」は19年に終わってしまいましたが、その後も「アジアの未来」は続きます。20年はコロナ禍でコンペティションはやりませんでしたが、昨年新体制となり、日本映画が入るようになった。

「日本映画はもともと入っていたんですよ。17年の藤元明緒監督の「僕の帰る場所」はアジアの未来作品賞とアジアセンター特別賞(監督賞)をダブルで獲ったし、ほかにも13年の蔦哲一郎監督の「粗谷物語-おくのひと-」、14年の杉野希妃監督の「マンガ肉と僕」、15年の横浜聡子監督の「俳優 亀岡拓次」など。昨年から「日本映画スプラッシュ」部門がなくなってしまったので、日本映画も広いアジアの土俵で競ってほしいという思いもあって、2本と本数が増えたのです。

――そうでしたか。「僕の帰る場所」も「粗谷物語-おくのひと-」もいい映画でしたね。去年の日本映画も奥田裕介監督の「誰かの花」、安川有果監督の「よだかの片想い」とインパクトありましたね。私は「よだかの片想い」は時間が合ったので軽い気持ちで観たんですが、今の日本の女性監督のパワーに圧倒されました。

「今年も日本映画、相対的にいい作品が多かったです。3、4本入れてもおかしくなかったですが、今年も2本入れています。東南アジアはコロナ禍のダメージがやはり大きくて、あまり無理には入れていません」

――コンペに全く東アジアが入っていないのには驚きました。それに較べたらアジアの未来は万遍なく入っている印象ですが……。

「中国は検閲が非常に不透明になっている中で、国外の映画祭への出品が止まっている作品も多いようです。アジアの未来で一本上映しますが、これは内モンゴルの作品ですね。韓国はコンペもアジアの未来も一本もありません」

――釜山では女性監督の一本目など、面白そうな作品が沢山ありましたけどね。

「そうそう。だからやっぱり韓国映画は直前の釜山でプレミア上映の山になるので、東京でプレミア付きのものを狙うのはハードルが高いですね。日本に来る時はもう配給がついているという、アメリカ映画状態ですね。映画祭を経由しない形の流通。同時に釜山などの映画祭でインディーズなどの小さな映画も支援するというのはヨーロッパ型なので。両方あるから強いですよ、韓国は」

――私も釜山はシネコン3つくらい借り切ってやる器からして、もう違うなとは思いましたが。それはそれとして、10年やってみていかがですか。

「劇場公開される作品が多くなってきたのはいいと思います。今公開しているものだと「よだかの片想い」、インドのラージーヴ・メーナン監督の「響け!情熱のムリダンガム」(映画祭上映時タイトル「世界はリズムで満ちている」)。台湾のロアン・フォンイー監督の「アメリカから来た少女」(映画祭上映時タイトル「アメリカン・ガール」)。ちょっと前ですがベトナムのレオン・レ監督の「ソン・ランの響き」もありました。

あと女性監督を送り出してきた自負もあります。今挙げた中だと「よだかの片想い」と「アメリカから来た少女」が女性監督ですね。振り返ると14年の「シアター・プノンペン」(映画祭上映時タイトル「遺されたフィルム」)のソト・クォーリーカー(カンボジア)と15年の「告別」のデグナー(中国・内モンゴル)という2人の女性監督には、その後、私も製作に参加した「アジア三面鏡」シリーズで監督をしてもらいました」

――東南アジアも女性監督の活躍が目覚ましいですね。インドネシアのカミラ・アンディニにモーリー・スリヤ。タイのピムパカー・トーウィラが続くかと思ったんですが。

「今女性監督が面白いのは中国の自治区ですね。内モンゴル、チベットとウイグル。今年上映する「へその緒」が内モンゴルの女性監督、チャオ・スーシュエです。いまお話しした「アジア三面鏡」に参加した内モンゴルの女性監督にデグナーがいます。デグナーもイギリスに留学していましたが、チャオ・スーシュエはフランスに留学していた人です。遊牧民の伝統と新しい生活様式の葛藤など、共通するテーマが見えます。「アメリカから来た少女」のロアン・フォンイーもアメリカに留学していましたが、今のところ女性監督は留学組が多いですね。ウイグルは18年に作品賞を獲った「はじめての別れ」が女性監督のリナ・ワン監督の作品です」

――昨年市山尚三プログラミング・ディレクターにクラシックの特集上映が少ないんじゃないかと苦言を呈させて頂きました。今年はツァイ・ミンリャン、長谷川和彦とディレクターズ・カンパニーなどをやりますが、前者はフィルメックス、後者は国立映画アーカイブとの共催ですね。経済的な問題かなと想像させますが……。

「それもありますが、クラシックの特集上映がやりにくくなっているのは、フィルム上映の問題が大きいです。去年から借りている銀座の劇場はフィルム上映できるところはありません。フィルメックスや国立映画アーカイブと組むのは、フィルメックスは朝日ホールで、国立映画アーカイブはそこでフィルム上映ができるからなんです」

――そういった事情でしたか。ただ一方で、私はリム・カーワイ監督と前プログラミング・ディレクターの矢田部吉彦さんに注目しています。リム監督は、2014年7月の香港のビクトリアパークでのデモに参加し、17年に日本で「日本・香港インディペンデント映画祭」を開催しました。昨年も香港の商業映画に関する「香港映画祭2021」を開催するなど、一貫して香港映画の紹介を続けています。ロシアがウクライナに侵攻したのは今年の2月24日ですが、矢田部さんがTIFFで上映した、ウクライナ紛争を描いたヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ監督の「アトランティス」と「リフレクションズ」の上映会を開催したのは3月末です。クラウドファンディングで上映経費を集め、余剰分はウクライナの映画人をサポートする団体に寄付するという形式も話題を呼び、満席でした。いずれも香港・ウクライナの危機的な状況への関心もあり、ニュースサイトで大きく取り上げられ、集客面でも成功しました。アクチュアルなテーマ性と機動力での成功例ではないでしょうか。

釜山のような規模・枠組みが難しいのであれば、余計にもうすこしドラスティックな変化をしてもよいのではないでしょうか。市山さんも石坂さんもキャリアも長く、作品を観る目は勿論申し分ないのでしょうが、市山さんは中央アジア推し、石坂さんは中国自治区推しというと、集客的にはどうなんだろうという疑問も浮かびます。チベットのペマ・ツェテンやソンタルジャは劇場公開しているし、特にTIFFがずっと上映してきたソンタルジャは私も好きな作家ですが……。

今年は久しぶりに記者会見に参加しましたが、記者の質問が、肝心の映画に関してではなく、LGBTの問題、監督や審査員のジェンダーパランス、映画界のパワハラ・セクハラ問題に終始していたのも驚かされました。対してTIFF側は、審査員長を女性にしたり、表面的なところは世相に合わせていますが、ドラスティックな変化というまでにはいかない。

「TIFFもウクライナ映画「フリーダム・オン・ファイヤー」の緊急上映を急遽決めました。ワールドフォーカス部門で上映されます。コロナ禍もそろそろ落ち着きつつあり、ここ数年の制限付きからフルサイズの映画祭に戻ったうえで変わるなら来年からでしょうね。とりあえず、今年のアジアの未来、世相を反映し、押さえるところは押さえていると思いますよ。インドの創作集団、エクタラ・コレクティブによる「私たちの場所」はトランス女性が主人公の物語です。日本でいうとChim↑Pom(チン↑ポム)のような、コレクティブというのは非常に社会的意識が強い人々の集団です。今年はどの作品も海外ゲストの招聘が可能になってきましたが、この作品には監督という肩書の人がいない。3人くらい来日するみたいなんですが、色々お話を聞きたいなと思っています。「突然に」もトルコの女性監督、メリサ・オネルの作品ですが、嗅覚がなくなってしまうという、非常にコロナ的な設定です。夫婦生活が破綻した女性が、欲望も感覚も総動員して生まれ変わるというような、これも今まで観たことのないような女性映画です」

――それは楽しみですね。本日はどうもありがうございました。


第35回東京国際映画祭

「アジアの未来」作品一覧

10月24日(月)~11月2日(水)、日比谷、有楽町、銀座、丸の内エリアの劇場にて実施


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