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イントロダクション

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佐藤結


自由に解き放たれた
ホン・サンス

1996年に「豚が井戸に落ちた日」でデビューして以降、休むことなく作品を作り続けてきたホン・サンス監督。

小説家や俳優、大学教授など、彼自身のイメージとも重なる男性たちの姿をユーモアと諦観を感じさせるタッチで描いてきたが、「夜の浜辺でひとり」(17)あたりから映画の中心人物は女性となり、彼女たちをとらえる澄み切った視線は、作品ごとに温かみを増してきた。

21年のベルリン国際映画祭で銀熊賞(脚本賞)に選ばれた「イントロダクション」では、その対象はさらに若者へと移り、人生のとば口に立つ青年と彼をとりまく人々が過ごす短い時間を三章仕立てで見せている。

デビュー作から20数年を経て、初めて付けられた英語のタイトルは、主人公が今後、歩んでいくであろう、長い人生を予感させる。

漢方医である父に会うため、彼の病院を訪れたヨンホ。
しかし、旧知の俳優への対応に忙しい父は、なかなか彼の前に顔を見せない。

時間をもてあましていたヨンホは、幼い頃から顔なじみの看護師と言葉を交わす。

恋人であるヨンホと離れ、母と一緒に留学先のベルリンにやってきたジュウォン。

当面、泊めてくれるという母の友人と共に散歩をしていた彼女のもとにヨンホから電話がかかる。

彼は彼女を追ってベルリンにやってきたという。
ジュウォンと離れがたいヨンホは自分もここで勉強しようかと話す。

母に呼び出され、友人をともなって海辺の食堂にやってきたヨンホ。

そこにいたのは父の病院で会った俳優だった。

酒を酌み交わしながら、ヨンホたちに語りかける俳優。

やがて、彼の前にいることにいたたまれなくなったヨンホは、寒空の下、砂浜へと向かう。

主人公のキャラクターだけでなく、登場人物たちが同じようなセリフと行動を(微妙な違いを随所に挟みつつ)何度も繰り返すという過去作の特徴からも、自由に解き放たれたような印象を与える近年のホン・サンス映画。

つながっているようにも独立しているようにも見える三章から成る今作では、主人公ヨンホがそれぞれ別の人物と交わす三度の抱擁が、監督から次世代への激励と愛情の表現(まさか、ホン・サンスが!)のように感じられ、深い余韻を残す。

ヨンホを演じているのは、建国大学映画芸術学部でホン・サンスの教えを受けたシン・ソクホ。

「正しい日 間違えた日」(19)以降、制作部のスタッフとして参加し、時に出演もしていた彼は、「俳優として出てもらう可能性もあるが、ひとまず、一緒に撮影をしてほしい」と声をかけられ、その後、主演が決まったという。

そんな彼の見せる、どこかぎこちない演技が、常連俳優の多いホン・サンス組に新鮮な風を吹き込んでいる。

「オー!スジョン」(00)、「次の朝は他人」(11)、「それから」(17)などと同様、冬を舞台にしているこの映画は、モノクロで撮影されている。

同じくモノクロである最新作の「小説家の映画(仮題)」を出品した今年のベルリンで「観客として映画を見る時、モノクロという事実にあまりにも依存する傾向がある」ことに気づき、一時は自制していたと話したホン・サンスだが、数年前からはそのことにあまり気を使わなくなったと付け加えている。

今作でも主人公と看護師の目の前で降り続ける雪や、冷たそうな砂浜に寄せる白い波など、息を飲むほど美しい瞬間に驚かされる。



「イントロダクション」

監督・脚本・撮影・編集・音楽:ホン・サンス 
出演:シン・ソクホ/パク・ミソ/キム・ヨンホ/イェ・ジウォン/ソ・ヨンファ/キム・ミニ/チョ・ユニ/ハ・ソングク
2020年/韓国/66分
原題:인트로덕션 英題:Introduction
配給:ミモザフィルムズ
(c)2020. Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

6/24(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開


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