*

「殺人者たち」

review

ぶっ放せ!ドン・シーゲル セレクション

text
相田冬二


このスピードと接近

ドン・シーゲルの監督作品8本が《ぶっ放せ!ドン・シーゲル セレクション》という粋なタイトルで 特集上映される。

上映劇場は、2022年9月、ゴダール逝去直後、ゴダール特集で幕開けを果たした(この一致はあくまでも偶然だが)東京・菊川の粋なミニシアター、Stranger。

そもそもこの劇場名は、クリント・イーストウッド監督・主演による「荒野のストレンジャー」(1973)に由来するそうだから、ドン・シーゲルの特集が開館当初からラインナップされていたのは必然と考えるべきだろう。

ドン・シーゲルと言えばイーストウッドであり、シーゲルの最も著名な作品は「ダーティ・ハリー」(1971)で間違いない。

1971年にはイーストウッド主演作が3本公開されているが、そのうちの1本「恐怖のメロディ」はイーストウッドの監督デビュー作であり、それに先立つシーゲル監督作「白い肌の異常な夜」(ソフィア・コッポラもリメイクした)には【女性恐怖症】的な深層があり、「恐怖のメロディ」ならびにその後のイーストウッド監督作品に与えた影響は計り知れない(2022年に日本公開されたイーストウッド最新監督作「クライ・マッチョ」はかなり無邪気な1本だが、やはり【女性恐怖】の部分がある)。

そもそもイーストウッドはゴダールと同い年であり、そのゴダール特集でスタートしたStrangerなる映画館が、イーストウッドに決定的な影響を与えたドン・シーゲルを特集するのは、運命に他ならない。

前置きが長くなったが、1954年の「第十一号監房の暴動」から1974年の「ドラブル」にいたる、ドン・シーゲルのキャリアのうちの20年間にスポットを当て、そこから選りすぐった8作はいずれも見逃すことができない。

イーストウッド(今回は1970年の西部劇「真昼の死闘」を上映)のみならず、エルビス・プレスリー(彼が白人とネイティブアメリカンのハイブリッドを演じた1960年の「燃える平原児」を上映)やジョン・ウェイン(遺作「ラスト・シューティスト」はドン・シーゲルだ!)ら錚々たる面々の勇姿をカメラにおさめてきたシーゲルだけに、男たちの面構えがどの作品も頼もしい。

中でも「殺人者たち」(1964)は、その最高峰と言えるかもしれない。

リー・マーヴィンとジョン・カサヴェテス。

マッチョなマーヴィンと、ソフトなカサヴェテス。

ほぼ共演シーンはない、この両者の持ち味の違いこそが、ドン・シーゲルという奇妙で奇特な監督の辣腕を証明している。

タイトル通り、殺し屋たちが殺しをしに行く。

コンビの年長者がマーヴィン、標的がカサヴェテス。

カサヴェテスはなぜか盲学校で教師のようなことをしており、盲人の生徒たちに囲まれた状況で、逃げることもなく無抵抗で殺される。

殺人者たちは殺人する。

それで金が入ればそれでいいはずだが、マーヴィンはカサヴェテスが殺しを受け入れる風情だったことが気になり、依頼への不信と疑問もあり、関係者への(恐喝による)取材を開始する。

この【解き明かす】というフォーマットは、他の作品でもドン・シーゲルの映画の骨格を成すものだ。

【解き明かす】ことが作品を牽引するが、それはミステリーと呼ばれる類のものではないし、あるいはヒッチコックのような面白さを纏うわけでもない。

ドン・シーゲルの映画はときに暴力的だが(今回上映される1958年の「殺人捜査課」では終盤、犯罪者には暴力が必要なのだが一般人はそれが理解できない、という台詞が唐突に飛び出す)、それは画面の中で暴力行為が跋扈するからではなく、【入れ子構造】の存在そのものと、その召喚方法が暴力的だからである。

マーヴィンが、カサヴェテスの過去を探索する。

だが、これは探偵物語でも捜査ものでもない。

【解き明かす】ことが否応なく招き寄せる暴力性を、ドン・シーゲルは追いかける。マーヴィンは【解き明かす】ことに取り憑かれている。

この状態こそが暴力的なのだ。

カサヴェテスの【世界】と、マーヴィンの【世界】が交錯することはない。

にも関わらず、マーヴィンが無理矢理追求するから、歪みと軋轢が生じる。歪みと軋轢は暴力と相性がいい。

たとえば、インタビューが自白の強要になる。

これが暴力であり、衝動である。

ドン・シーゲルはそれを危険なもの、刺激的なものとして提示するのではなく、現在が過去に追従する、狂おしいほどの【不可能性】として、銀幕に叩きつける。

しかも、それを【迅速な余裕】の筆致で紡いでいく。

それは、ハードボイルドでも、フィルム・ノワールでもない。

ドン・シーゲル、と呼ぶしかない何かだ。

ドン・シーゲルは、ドナルドをドンと呼ぶような素っ気ない合理性と小気味の良さで、【凄腕と純情】を視野におさめる。

リー・マーヴィンは【凄腕】の殺し屋でありながら、ジョン・カサヴェテスの【純情】に惹きつけられる。

一方、【純情】と共に最後まで生き抜いたカサヴェテスの体内には、【凄腕】のレーサーが再起不能になったいまも息づいている。

このスピードと接近。

ドン・シーゲルの活劇は、【解き明かす】ために入れ子構造を準備し、【凄腕と純情】を併せ持つ男の深層を明るみにし、それを【迅速な余裕】によって見届ける。

驚くべきことにこの一点で、「殺人者たち」と「ボディ・スナッチャー/恐怖の街」(1956)は、ジャンルや時代の違いを超えて、結びつくのである。


「ぶっ放せ!ドン・シーゲル セレクション」

2023年1月20日(金)~3月2日(木)
菊川 Strangerにて公開

1月20日(金)~2月9日(木)
特集①:50年代から60年代
第十一号監房の暴動 Riot in Cell Block 11(1954)
ボディ・スナッチャー/恐怖の街 Invasion of the Body Snatchers(1956)
殺人捜査線 The Lineup(1958)
燃える平原児 Flaming Star(1960)

2月10日(金)~3月2日(木)
特集②:60年代から70年代
殺人者たち The Killers(1964)
真昼の死闘 Two Mules for Sister Sara(1970)
突破口! Charley Varrick(1973)
ドラブル The Black Windmill(1974)


<関連記事>
theater/菊川 Stranger
review/ぶっ放せ!ドン・シーゲル セレクション
people/万田邦敏 × ドン・シーゲル

フォローする