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photo:星川洋助

theater

菊川 Stranger

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相田冬二


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都営新宿線「菊川」駅。東京の映画ファンにとっては未知の場所に、その映画館はある。少し足を伸ばせば東京都現代美術館があり、サードウェーヴコーヒーのメッカとなりつつある清澄白河エリアも程近い。この界隈には、隠れた名店がひしめいており、食通も熱い視線を送るスポットだ。新鮮な文化の香り。いや、それ以前に、この菊川という町がとても魅力的だ。その名の通り、川が流れるこの町の「菊川橋」を渡れば、東京スカイツリーが間近に聳える。川面に映る大きな塔に、江戸の情緒が映えている。辺りを歩けば、観光的な媚びは微塵もないが、独立独歩、深く確かに暮らしを営む江戸っ子の粋が、当たり前に滲んでいる。街ではなく、町。そんな菊川に、2022年秋、「Stranger」はある日忽然と姿を現した。Stranger――まさに異邦人の趣で。

80・90年代のゴダール特集で産声をあげ、異才の嫡男ブランドン・クローネンバーグの監督作2本に父デヴィッドの「クラッシュ 4K」をドッキングさせ、さらには、シャンタル・アケルマン特集とマルセル・アヌーン「四季」シリーズを昼夜にわたって同時開催。「断絶」と「WANDA」、1970年代初頭、両極に存在したアメリカン・ロードムービーをカップリングしたかと思えば、日本映画界の反逆児・東映の時代を超越したカルトムービー10選を贈り届ける。

わずか1クール、3ヶ月足らずでこの怒濤のラインナップ。セレクションは間違いなくコアだ。だが、Strangerの真の魅力は、マニアックな審美眼にあるのではない。むしろ、そうした風情を大胆に裏切る「ホスピタリティ」こそが、決定的に新しい。岡村忠征チーフ・ディレクターは、次のように話す。

「家で上映情報を調べて、電車に乗って映画館に行き、映画を観て、また電車に乗って帰る。その間、下手すると、誰とも一言も口をきかない。映画館で映画を観ることが、とても孤独な体験になっていると思ったんです。居心地のいい空間で映画を観て、その後もそこに留まって、気軽に話したり、余韻にひたる。そういうことができてもいいのに、なぜか映画館は『映画を観るだけ』の殺伐とした空間になっている気がしていました。映画を観るだけではなく、『映画館に行く』体験が気持ちよくて、豊かになるような空間作りができないか。それが発端でした」

Strangerにはカフェが併設されている。というより、カフェと映画館が、同じボリューム、同じ存在感で、隣り合わせにある。たとえば、ホテルのラウンジが、宿泊客以外にも広く解放されているように、カフェのみの利用も可能だが、映画ファンにとって、映画体験の「前後」を、一つの映画館でまかなえることは画期的だ。早めに着いて、美味しいコーヒーでリラックスして映画を待つ。もし腹ぺこなら、レモンの風味も爽やかなポークやチキンのオリジナルハンバーガーをパクつく。映画を観終えたら、その映画の気分のまま、ビールやワインでチルアウトする。手軽なタパスも充実している。別な店を探したり、移動したりする手間が省け、時間を有効に使える。何よりも、映画体験からそのまま地続きの、ひとときの彫りが深くなる。だが、ポイントは飲食のクオリティや利便性にあるのではない。場が有しているインタラクティヴな「交通」のムードが、何よりのホスピタリティだ。

「映画館が、たとえば古着屋さんとか、レコードショップとか、スケボーショップとか、アップルストアみたいに、『その場所に行くこと』が楽しくて来る。そこで、スタッフと仲間意識を持ったコミュニケーションをとれたら。ネット配信の時代ですが、若い映画館観客も育ってほしい。だから、オープンでフレンドリーな空間にしたいと思ったんです」

そう、ここは「カフェもある映画館」ではなく、「カフェのように楽しめる映画館」なのだ。同行者とは もちろん、岡村チーフ・ディレクターや柔軟な個性のスタッフたちとおしゃべりをしてもいい。シャイなひとり客(わたしなんてまさにそう)も、そんな和やかな雰囲気の中で浮くことはない。黙ってカフェラテと向き合っていても、じわじわ満足感に満たされる。これが多様性。口を開いても、開かなくてもいい。これこそが自由と解放。 映画通の会話なんて必要ない。洋服屋さんで店員さんと他愛もないやりとりをするように過ごせばいいのだ。実際、岡村チーフ・ディレクターは、コロナ禍で、素敵なショップのそんなひとときに救われたのだという。 だからなのか。ブルーを基調にしたStrangerのシンプルな内装は、明るい。気兼ねなく、分け隔てがない。

「映画館って、外から中が見えづらい構造で閉じられている。劇場は暗闇である必要はあるけれど、それ以外の場所はもっとオープンでいいんじゃないか。入口のガラス面の大きさはかなりこだわりました。日常とシームレスな空間に導けるように」

ナチュラルワインのブレイクで、カジュアルでウッディなワインバーがぐっと増えたことを思い出す。オーセンティックでシックなバーも確かにいい。だが、そればかりだと肩が凝る。たとえば知識がなくても、エチケットが可愛いから、そのワインを飲む。そんなカウンターの風情には現代的なリラクゼーションがあるが、Strangerにもその気軽さがあるのだ。

「ともすれば『映画道』みたくなるじゃないですか。映画を観ることって。野球なら『野球道』。そう じゃない映画との付き合い方があると思うんですよ。排他的にしたくなかった」

インフォメーション=案内が、映画館ぽくない。カフェが入口なのだ。

「Strangerのスタッフは『いらっしゃいませ』ではなく『こんにちは』とお客さんに語りかけます。接点 =タッチポイント作りをして、人間的なコミュニケーションを目指しています」

求道的だったり、無機的だったり。「こうでなければ」の圧が、ここにはない。シェルターのような、教会のような映画館は多いが、気持ちがリフレッシュされて、気分がトランジットする効果がStrangerの独自性だ。作家主義的な特集上映。日本未公開作品や権利切れの貴重な作品の直接買い付け。そして、注目すべき新作を、数ヶ月遅れで二番館的に公開。現在は、この三本柱。まさに、映画のセレクトショップである。

「キュレーションの企画性を楽しんでもらえたら、いちばんうれしい。ちょっとDJ感覚というか。映画館に『人格』を感じてほしい」

日本には、規模が小さくても、清潔で、敷居が低く、無理せず、ゆったり過ごせるホテルがある。そんなオフィシャルなプライベート感覚も、Strangerにはある。 劇場は、映画と親密になれる設計が施されている。一ヶ月ほど通いまくって、あらゆる席を試してみたが、どの席もスクリーンを身近に感じる佳き距離感が醸成されている。

「一観客として、居心地のいい環境を作ろうと意識していました。たとえば、予告編が終わった時の電気の消え方。じわーっと消えるように。結構、細かくこだわりました(笑)。スクリーンサイズは 横幅4メートルを実現。4メートルあると没入感が違います。天井までも4メートルありますので、圧迫感もないと思います」

3時間以上の映画を観ても疲れないシート。そして、すぐ間近にある音響が素晴らしい。

「吸音を綿密にしました。音が反響しないで、耳元で鳴っているように」

高水準だが、音の硬い最新劇場は多い。Strangerは、ハイクオリティだがウォーミーなのだ。

「やりたいことは、新しいスタイルの映画館。でも視聴環境はシネコンと同等のレベルを目指しました」

ゴダールは、音響+映像を「ソニマージュ」と呼んだ。2022年9月13日、ゴダールは地球から旅立った。その3日後の9月16日、Strangerは東京・菊川 で、オリジナルなソニマージュを開始した。そこで、わたしたちは、映画を手にすることができる。これまでになかったかたちで。


菊川 Stranger

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