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「作家主義」
作家が作家×自己を語る
長谷川和彦

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小林淳一


作家が、作家の作品を通して自己を語る。

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の新しい連載企画「作家主義」。

記念すべき第1回は、1970年代、「青春の殺人者」「太陽を盗んだ男」という日本映画の金字塔とも言うべき破壊的かつ革命的映画を世に送り出した長谷川和彦監督。7月9日(土)からはユーロスペースにて特集上映「長谷川和彦 革命的映画術」の開催も決定した。

その長谷川監督が、あの「アネット」が公開中のフランスの鬼才レオス・カラックスを、そして映画作家としての自己を語る。

共通点も決し少なくないふたりの映画作家、これは決してだれも想像できなかった顔合わせ。

私たちはいま、長谷川和彦の「カラックス論」独占インタビューを送ります。
そして、長谷川監督との今後のプロジェクトもぜひご期待ください。

第1章 レオス・カラックス × 「太陽を盗んだ男」

現在公開中のレオス・カラックスの最新作「アネット」を観た映画監督・長谷川和彦。

「『アネット』は人形を使ったことに尽きるな。人形がこんなに可愛いかと感心した。こいつ人形ですという演出しているじゃないか。筋肉とかの動きとか。だます気になればもっとだませただろうが。ラストはどうして人間の子に変えたんだろう」

さらに、レオス・カラックスの「ポンヌフの恋人」を長谷川和彦が観た。

ふたりに共通するもの。それはスタートで圧倒的な評価を受けてしまったということだ。

「ボーイ・ミーツ・ガール」「汚れた血」で“アンファンテリブル(恐るべき子供)”“ゴダールの再来”と言われたカラックス。デビュー作「青春の殺人者」でいきなりキネマ旬報ベストワンを獲得した長谷川和彦。

そして、もうひとつの共通点は当然のようにその次回作は何を描くかに注目が集まった点。

世の中はカラックス、長谷川の次回作に何が起こるのだろうかと期待する。

例えば「ゴッドファーザーⅠ・Ⅱ」のあとにフランシス・コッポラが「地獄の黙示録」を撮ったように。

「ディア・ハンター」のあとにマイケル・チミノが「天国の門」を撮ったように。

カラックスはポンヌフ橋をつくって映画をつくっているらしいが、とんでもないことになって中断しているというニュースが入る。

広島県出身の長谷川がどうやら「原爆」を次のテーマにしたエンタテイメントをつくろうとしていて、その主演は沢田研二に菅原文太、脚本はレナード・シュレイダーらしいというニュースも伝わる。

いったいどうなるのか。
そうした映画制作における「事件性」をカラックスの「ポンヌフの恋人」、長谷川の「太陽を盗んだ男」は帯びていた。

「あとから『ポンヌフの恋人』のメイキングを観て、橋をつくったんだとわかったよ。いったいいくらかけているんだ? 当時のフランス映画の製作費の最高額? 20億オーバーか、凄いな。『太陽を盗んだ男』も金がかかったといわれても4億ちょっと。1億弱の予算オーバーだったな。1976年のキネマ旬報のベストワン、日本映画が『殺人者』で、洋画がマーティン・スコセッシの『タクシードライバー』だった。その脚本がポール・シュレーダーで。『太陽』の脚本を書いたレナード・シュレーダーはポールの兄だな。月刊プレイボーイの企画でハリウッドに行ったとき、レナードと知り合ったんだ。時代的なことや弟が書いた『タクシー・ドライバー』もあって、すぐに意気投合し仲良くなった。『太陽』は、最初はなんでもない男がひとりで原爆をつくって、TVの野球中継を最後まで見せろ(*当時のナイター中継は途中で終わっていた)と脅す話。ライトコメディだな。だが、俺はレナードに毒性を描きたいといったんだ。原爆は毒だから。それで沢田(研二)演じる主人公が被ばくするという俺のアイデアを入れた。そしたらレナードが大反対してきた。映画がヒットしない方向に走っているぞ、って。そういう深刻な映画は当たらないというわけさ。でも、俺は貫いたよ。『笑う原爆』というタイトルでやりたかった。でも、映画会社から「原爆」という文字は一切使わないといわれて。そしたら公開の時は「日本にも原爆を作った男がいた」とかちゃんとコピーに入っている。なんだそれ、話が違うと思ったけどな。映画がコケたことは反省しているよ」

第2章 作家 × 自己

長谷川和彦とレオス・カラックスの作品にはさらなる共通点がある。

主人公に自己が投影されているということだ。

アレックスを演じるドニ・ラヴァンがカラックスの分身であることは間違いない。

同様に、長谷川和彦もまた「青春の殺人者」の水谷豊、「太陽を盗んだ男」の沢田研二に自己を投影させていた。

ドニ・ラヴァンはカラックスより1歳年下。水谷は長谷川より6歳下、沢田は長谷川より2歳下。

「俺自身も自分よりすこし年齢の低い、若い役者をキャスティングしていたな。どこかで無意識に自分に見立てているんだよ。意識下で自分に見立ているともいえる。だから、(水谷)豊や沢田(研二)に厳しくあたりもしたし、そういうふうにできた。一瞬の涙はどう流せるんだということが自分と役者がひとつだからわかるというか。そういうことが起こる。主人公と自分をダブらせるというのは、俺の癖(くせ)だな。そうしないでも作劇できるやつはプロなんだろうが、俺にはできない。より素人っぽい方法だと思うよ。確かに素人っぽいって思っていたし、今も思っているよ。でも、完全に客観性のあるドラマって、俺は興味ない。
それで面白かったという作品もない」

「ポンヌフの恋人」と「青春の殺人者」「太陽を盗んだ男」には作品としての共通点がある。

主人公が死なないということだ。アメリカンニューシネマや70年代日本映画において、主人公が死ぬことは当たり前だった。

しかし、「殺人者」「太陽」で長谷川は主人公を殺さなかった(「太陽を盗んだ男」に関してはさまざまな解釈は存在するが)。

「俺が脚本を書いた『青春の蹉跌』という映画、観たことあるか? ショーケン(萩原健一)を最後に殺して終わっただろ。くま(神代辰巳監督)に言ったんだ、『なんでこんなつまらない小説、映画にすんだ』と。映画は俺の書いたオリジナルな脚本(ホン)だから、石川達三の原作なんていらない。司法試験を受けるためにがんばっている法学部の学生なんて興味ないから、自分に近づけて、俺が少し前にやっていたアメリカン・フットボールの選手にしたんだ。それで主人公を自分に近づけた気はしたんだな。しかし、原作だと、ぐちぐちしたところがある奴なんだよ。で、こんな奴殺しちゃえとなって、ああいう結末になったんだ。
だけど、反省してな。主人公殺せば、ドラマは終わるんだよ。それじゃいけないと思った。これからは、主人公を殺さないようにしようと。殺すのはイージーすぎる。殺さないとなると、その分、ドラマは難しくなる。死んで終わるドラマは山ほどあるだろ。それは終わらせやすいんだよ。俺は「青春の蹉跌」でショーケンを殺した。そして、反省した。だから、そのあと自分が撮ることになった2本では、豊も沢田も殺さなかった。主人公は殺さない、今でもそういう想いはあるよ」

第3章 「浅間山荘」×「ポンヌフ橋」

長谷川和彦監督は1979年、「太陽を盗んだ男」のあと、長い沈黙に入る。

その後、20年以上にわたって暖めていた企画が「連合赤軍事件」であることは映画ファンにとっては有名だろう。

脚本も存在していた。
何人かの監督による関連作品は撮り上げられたが、最初に構想された長谷川和彦の「連合赤軍」が製作されたら、完成したら、映画界にどんな「事件」が起こっていたことだろう。

長谷川は実際に「浅間山荘」を買おうとしていた。

これこそが「事件」。
そのとき、実際に「ポンヌフ橋」を作ってしまったカラックスのことを想う。

「あんな橋作れば金はかかるよな。俺も『殺人者』でオープンセットを組んだ。3000万円くらいの総予算の中からだったからきついよな。豊がやっているスナック。普通3面組むんだけど、2面しか作れなかった。さすがにアングルが限られて苦労したね。最後、火をつけて、燃した。あれ、映っている消防車と消防士、本物だから。

『浅間山荘』は実物を買おうとしたんだ。実際の浅間山荘で撮影したら話題を呼ぶと思ったんだな。3500万円に値切って、実際にオープンセットにしてもそこからけっこうかかったろうし、実際の建物の中での撮影は難しい。でも、だからこそあそこで撮ろうと思ったんだ。シュールレアリズムという言葉があるだろ。リアリズムを突き詰めた先にシュールレアリズムはある、というのが俺の考え方。はじめからシュールねらいの絵作りとか話作りというのは好きではない。今村(昌平)さんがスタートだったこともあるかもしれないけれど、リアリズムを徹していくと。そうすると、シュールな世界まではみ出るんじゃないかと。『浅間山荘』やっていたらリアリズムでとことん押していたと思うよ」

第4章 「リアリズム」

長谷川和彦はカラックスの「ポンヌフの恋人」にリアリズムを見ていた。

そして、長谷川はまた、リアリズムを追求しようとしている。

「『ポンヌフ』は恋愛映画として面白く観れたよ。大胆なリアリズムのようなものも感じたね。浮浪者の描写。女性のリアリティ。ドキュメンタリーのようなタッチ。リアリズムをやるのは、金がかかる。ポンヌフ橋をつくるにしても、浅間山荘を買ってオープンセットにするにしてもな。CGでなんでもできる時代だからそれを使えばいいという奴もいる。でも、CGで絵(画)を作りたいとは思わないな。最悪、CGでしか表現できないというならそれは使うかもしれないが。とことんリアリズムは追及したい。『太陽』では皇居に突撃した。逮捕されるなら逮捕されてこい。それがリアリズムだ。盗み撮りでもなんでもやる。いま、映画を撮ったとしてそこは変わらないね」

「長谷川和彦 革命的映画術」

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