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「シャドウプレイ」

CULTURE / MOVIE
「第20回 東京フィルメックス」
市山尚三が語る今年の見どころ

20周年を迎えた「第20回 東京フィルメックス」。同映画祭プログラムデイレクターの市山尚三が語る今年のポイント。注目の映画、作家たち。


── 第20回目となる今年のラインナップもセレクトは難しかったですか。

 あと3本ぐらいはコンペでやってもよかったな、という作品はあります。いまでも若干後悔しています。ただ、もし、コンペを15本ぐらいにすると、掬い上げられるんですが、そうすると、2本ぐらい妥協して選ぶかもしれないんですね。映画祭開始から、コンペは約10本に決めたのは、いい選択だったと思っています。惜しいと思って、何本か落としている。大きな映画祭は、多少いまひとつなものが入っていても、まぎれるんですね。一方で素晴らしいものもあるから、中和して腹が立たない。ただ、フィルメックスのような小さな映画祭でそういうことが起こってしまうと「なんだ、これしかなかったのか?」ということになりかねない。その緊張感はすごくありますね。

── つまり、厳選している。参加していて思います。なかなか全作品を観ることはできませんが、この映画祭は「全部、観て」と迫ってくるくらい、セレクションに自信を持っている。

 そうなんですよ。だから、「おすすめ作品は?」と言われると、全部おすすめですよ、ということになるんです(笑)。

── 特別招待作品には、ロウ・イエの新作「シャドウプレイ」がありますね。

 意図したわけではありませんが、第1回のグランプリ監督が新作で参加する。いい展開になりました。ロウ・イエも、様々なことがあった結果、フィルムからデジタルに移行していった監督ですね。

── コンペにはドキュメンタリーが2本あり、特別招待では「シャドウプレイ」の舞台裏を追った「夢の裏側〜ドキュメンタリー・オン・シャドウプレイ」も上映されます。

 意図してのことではなく、いいものがあったから、です。いちばん最初に決まったのが(カンボジアの)ニアン・カヴィッチの「昨夜、あなたが微笑んでいた」。そして、最後の方で決まったのが広瀬(奈々子)さんの「つつんで、ひらいて」。これも素晴らしい。結果的に2本になりました。審査員の方々がどう判断するか、楽しみです。これまでもドキュメンタリーをコンペでやっていますし、ドキュメンタリーとフィクションの垣根を作らいないようにしているつもりです。

 「夢の裏側」はロウ・イエの奥さんのマー・インリーがカメラを回しているので、遠慮せずに撮っています。ロウ・イエはいつもにこにこして温厚な人ですが、激しく議論しているところもあったりして。優しい彼も怒るときは怒るんだなと。

── そして、シンガポール(アンソニー・チェンの「熱帯雨」)、フィリピン(レイムンド・リバイ・グティエレスの「評決」)、そしてマレーシアがあります。

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「熱帯雨」

 「ニーナ・ウー」のミディ・ジーはミャンマー出身で台湾をベースに活動している監督で、マレーシアとミャンマーが製作国に加わっている。東南アジアは多くなりましたね。今年は残念ながら西アジアがないんですよ。イランやイスラエル、トルコ。このあたりの作品は惜しいところで落ちています。

── アジア全体の分布を考慮しているわけではなく、あくまでも作品主義。ここもフィルメックスの特筆すべき点だと思います。

 予備選考のときは一応、考えるんですよ。でも最後に絞り込むときには、作品優先になります。中国映画が2本(ペマツェテンの「気球」とグー・シャオガンの「春江水暖」)あり、東南アジアも多い。偏ることにはなりますが、残念ながら、今年は、東南アジアを覆すほど強力な西アジア映画がなかった。

── コンペの10本に、現代の傾向は感じますか。

 社会派的な映画もあるけれど、そうでないものもある。いろんなものがある、としか言えないですね。ただ、社会問題が透けて見えるものは多いですね。「ニーナ・ウー」はMe Too問題を取り上げています。インドの「水の影」もMe Too問題につながりますね。インドでも女性に対する暴力が頻発していることに触発された作品です。「評決」もドメスティック・ヴァイオレンス。女性に対する暴力を描いた作品が、今年はたまたま重なっていますね。「熱帯雨」も、女性教師と学生のラブストーリーという意味では女性映画と言えます。社会における女性の立場が問われますから。

 特別招待のサウジアラビア映画「完全な候補者」、これも女性問題。ジャファル・パナヒの「ある女優の不在」もイランの女性問題を扱っています。意識はしていませんでしたが、女性がフィーチャーされる映画が多いなとは思います。

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「ニーナ・ウー」

── そして、ペドロ・コスタの新作が……

 これは傑作ですね。コスタの映画は毎回傑作なんですが、「ヴィタリナ(仮題)」は、いままでのベストだと。僕だけでなく、いろんな人が言っています。普通の意味で感動します。コスタのいままでの映画は、凄くて感動する、というものが多かったですが、今回はヒロインの心情をかっちりと描いていて、いままでにも増して評価されると思います。

── フィルメックス・クラシックの「HHH:侯孝賢」は、なかなかお目にかかれません。

 上映権利の関係で、日本ではこれまで2回しか上映されていないと思います。オリヴィエ・アサイヤスがホウ・シャオシェンを撮ったドキュメンタリーですが、本人のキャラクターを追った映画なんです。難しくないですよ。彼の人間性が作品によく表れているということがわかります。小難しいインタビューじゃないんです。すごく面白いし、笑えるところもあります。

── そして市山さんがプロデュースされた「フラワーズ・オブ・シャンハイ」も。

「HHH」では、ちょうどこの映画の話もしているので、ちょうどいいですね。

── キン・フーも2本あります。

 「大輪廻」も「空山霊雨」も、国家的なプロジェクトによるデジタル修復版です。

── 「新作」ですね。

 ええ。新しくて、素晴らしい作品です。そしてイラン映画「牛」も、なかなか観られない映画ですので、ぜひ。

── 最後に、市山さんが思う東京フィルメックスの役割を教えてください。

 いま、映画を観ようと思うと、山のようにありますよね。ネット配信なども含めると、かつては想像もできなかったような映画環境です。逆に、学生の方からよく聞くのですが、「何を観たらいいか、わからない」と。確かにそうかもしれない。そういうときに、ひとつのガイドラインになれたらいいなとは思います。これは、観ておいたほうがいいよ、というものだけを選んでいますから。指針になってくれたらいいなと。たとえば今回「熱帯雨」を観た人が、アンソニー・チェンの前作「イロイロ ぬくもりの記憶」を配信で観る、とかね。あるいは、フィリピン映画を今回初めて観て、面白かったから、他のフィリピン映画も観てみよう、とか。そういうことのきっかけになればいいと思うし、新しいファン層も開拓していきたいと思います。

 全作品観ようと思えば、観ることができるようにプログラミングしていますし、必見のものだけを選んでいますからね。

── はい。東京フィルメックスは、一見さんお断りではない、間口の広い、映画の「佳いセレクトショップ」だと思います。ありがとうございました。

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「春江水暖」

Written by : 相田冬二


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第20回 東京フィルメックス / TOKYO FILMeX 2019

2019年11月23日(土)~12月1日(日)
会場
【メイン会場】有楽町朝日ホール(有楽町マリオン) 11/23(土)〜12/1(日)
【レイトショー会場】TOHOシネマズ 日比谷 11/23(土)〜12/1(日)
【併催事業:人材育成ワークショップ】<Talents Tokyo 2019>  11/25(月)〜11/30(土) 有楽町朝日スクエアB