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「カンウォンドのチカラ」

A PEOPLE CINEMA

作家主義
ホン・サンス
早稲田松竹

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佐藤結


早稲田松竹で、
ホン・サンスの映画と共に時を遡る

11月5日(土)より、早稲田松竹において、ホン・サンス監督集が行われる。

「カンウォンドのチカラ」「オー!スジョン」「イントロダクション」「あなたの顔の前に」が上映される。

新型コロナウイルス感染症の拡大で、20年、21年と行けていなかった釜山国際映画祭に、10月7日から久しぶりに参加した。

到着前、まずは情報を収集しようと執行委員長ホ・ムニョンさんのインタビューを読んでいると、意外なコメントに目が留まった。

特別企画として設けられた「21世紀ドキュメンタリーの新たな視線」という部門について問う質問に対する答えの中で「『与えられたものを撮る』というホン・サンスの態度には、とてもドキュメンタリー的な発想が込められている」と語っていたのだ。

これを読みながら、映画雑誌「シネ21」の編集長を務めたこともある映画評論家の彼にとってホン・サンスという映画作家の存在がいかに大きいのかということに気づいたと共に、「与えられたものを撮る」という短い表現の中にホン・サンスの映画の本質が示されていると感じた。

少し、言い換えれば、ホン・サンスは「今、目の前にあるもの」を撮り続けてきた作家であると言えるかもしれない。

例えば、現在、日本で見られる最も新しい作品「あなたの顔の前に」(21)は、「草の葉」(18)、「川沿いのホテル」(19)といった映画の中にも繰り返し登場してきた「死ぬということ」についての問いへの、現時点での答えだろう。

1961年生まれのホン・サンスは今年61歳。
多くの人たちと同じく「老い」や「死」が、少しずつ身近になってきた年齢であるはずだ。

そんな彼がほぼ同世代の俳優イ・ヘヨンを初めて起用し、死を前にして長く滞在してきたアメリカから帰国した女性の一挙手一投足を静かに見つめたこの映画は、目の前にある命の輝きを賛美し、見るものすべての人生を肯定する。

また、その前年に作られた「イントロダクション」(21)では、人生のとば口に立つ青年ヨンホが過ごす日々を3部構成でスケッチしながら、そんな彼を見守る「上の世代」からの激励のような視線を感じた。

「夜の浜辺でひとり」(17)以降、公私にわたるパートナーとなったキム・ミニとの出会いによって、大きく変貌をとげた彼の映画は、人間が当たり前に年を重ねていくように、その後もごく自然に趣を変えながら「今、目の前にあるもの」を見せている。

ホン・サンスといえば、長い間、「同じようなセリフと行動を(微妙な違いを随所に挟みつつ)何度も繰り返す、自由奔放で、ちょっと愚かな人間たちの姿を見守る映画」というイメージが強かった。

昨年からリバイバル上映が続いている第2作「カンウォンドのチカラ」は、その後、何度も登場する「反復」と「差異」という構成がはっきりと用いられ、「ホン・サンススタイル」の原点とも言える作品だ。

友人と共に観光地として知られる江原道(カンウォンド)を訪れた女性の大学生が主人公の前半と、同じ場所を同じ時期に訪れていた男性の大学教師が登場する後半とに分かれるこの作品では、やがて2人が別れたばかりの恋人同士であることが明らかになる。

そのことによって同じ場所で同じ時間を過ごしながらも決定的に違う風景を見ることしかできない人間という存在の虚しさが伝わる。

この映画の公開当時に行われたインタビューでの「私たち自身をもう一度見つめるような映画が作りたかった。同時にそれが“写実的な”映画になってしまうのは嫌だった」というホン・サンスの言葉を今、改めて読むと、彼の映画作りは、今、この瞬間に自分が見ているものを「他人である観客」にいかに伝えるかという試行錯誤の軌跡だったのかもしれないとも思えてくる。

「反復」と「差異」という構成も、そうした試みのひとつだった。

一方、出会いから初めての一夜までの過程を、男女それぞれの視点から描く「オー!スジョン」では、冬のソウルをとらえた美しいモノクロ映像が、近作である「イントロダクション」やイ・ヘヨンが行き詰まりを感じている小説家に扮した「小説家の映画」(22)と重なる。

この作品の韓国公開から5年後に惜しくも世を去った女優イ・ウンジュが、前半と後半でまったく違って見える女性スジョンを見事に演じ分けている姿も忘れがたい。 思えば、ホン・サンスは、自作の中で新人俳優たちの魅力を開花させたり、既存のイメージから離れた、自然体でのびのびとした姿を新たに発見させたりすることに長けた監督でもある。

96年の「豚が井戸に落ちた日」以来、26年で28本という数の作品を作り続けてきたホン・サンス。

彼と同じ長さのキャリアを持つ映画作家は古今東西数多くいるが、これほど一貫して同じことをやり続けながら、自身の年齢と周りの状況の変化をさらりと自作の中で表現している人はいないのではないだろうか。

そういった意味では、デビューから間もない時期の作品と、最も新しい作品を同時に見ることは(どちらを先に見るかという問題はさておき)、彼の映画と共に時を遡る体験といえるのかもしれない。


ホン・サンス監督特集
早稲田松竹

11月5日(土)〜11日(金)
*11月6日(日)・8日(火)・10日(木)は「作家主義 ホン・サンス」(カンウォンドのチカラ」「オー!スジョン」)を上映


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