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別冊ホン・サンス
「イントロダクション」

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月永理絵


物語が動き出しそうな気配を見せた瞬間、幕は唐突に下ろされる。

ホン・サンスの映画では、物語は常に欠落する。導入部分から人々を惹きつけいよいよドラマが盛り上がるという瞬間、夢オチや突然の中断によって、場面は突如終わり、物語は完成されないまま放置される。そして未完成ならば何度同じ話をしようがかまわないとでもいうように、彼のフィルモグラフィのなかで、物語は変奏しながらくりかえし語られていく。

「イントロダクション」の物語の構成は、これまで以上に大胆だ。物語は「逃げた女」と同じように3つの章から構成されるが、章の間には大きな時間の欠落がある。第一章、いまだ将来が定まらずにいるヨンホは、離婚した父親の韓方病院に呼び出される。だが当の父は忙しく、ヨンホは旧知の女性看護師と会話をしながら、父の診療が終わるのを待ち続ける。第二章、ベルリンに留学したヨンホの恋人ジュウォンが、居候先である画家の女性の家を母と共に訪れる。やがてジュウォンは、ソウルから突然やってきたヨンホと再会し、二人一緒にベルリンで勉強できたらいいと夢を語り合う。第三章。海辺の食堂でヨンホの母と演劇界のベテラン俳優が誰かを待っている。彼らは、俳優を志すも諦めてしまったヨンホを呼び出し、その理由を問いただす。そしてお約束ともいえる、大量の焼酎を伴う宴会が開かれ、演じることの意味をめぐる白熱した議論が展開される。

3つの章のうち、まさに「イントロダクション(序章)」だけで成り立っていると言えるのが第一章と第二章。どちらも物語が動き出しそうな気配を見せた瞬間、幕は唐突に下ろされる。父との対話はどうなったのか。恋人たちの未来は明るいのか。話の核心は隠されたまま、物語は大きな時間の飛躍とともに次の章へと移行する。

散乱する欠落を埋めるのは、登場人物たちの会話だ。観客は、時間と空間の飛躍に戸惑いながら、彼らの会話から、欠けたピースを拾い集め物語を再構築する。ヨンホとジュウォンの会話によって、彼と父との間で交わされた会話の内容がそれとなく示され、ヨンホと母、老俳優とが交わす会話によって、あの日韓方病院で起きたもうひとつの出来事が浮かび上がる。またこの飲み会の後に向かった海辺で、ベルリンでの逢瀬後、ヨンホとジュウォンの間に何が起きたのかが明らかになる。

3つの章を通して、いまだ人生の「序章」にとどまるヨンホが、身近な三人(父、恋人、母)とどのような関係を結ぶかが、断片的に描かれる。だがヨンホと三人との関係はどれもうまくはいかない。父とはなかなか再会できない。母は、老俳優を交えた気まずい宴のあと、遠くからその姿を眺めるしかない。その姿すら、本当に母本人かどうか不明なままだ。たしかに抱きしめあったはずの恋人とは結局別れ、いまや幻のようにその姿を思うだけ。代わりに彼は、かつて愛を告白した年上の看護師と寒さを口実に抱き合い、冬の海で泳いだあと同性の友人と抱擁し合う。

ホン・サンスの映画では、物語は決して完成しない。欠けたピースはひとつまたひとつと回収されるが、全てのピースが埋まることはない。父や母との関係。ジュウンとのその後。ヨンホの目指す未来。全てはあいまいなまま、海を映すことによって映画は終わる。二人の青年は、荒れ狂う彼をただじっと眺めている。それは「逃げた女」でキム・ミニが見ていた映画のラストシーンとたしかに重なりあう。


「別冊ホン・サンス」

「イントロダクション」
監督・脚本・製作・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演: シン・ソクホ/パク・ミソ/キム・ヨンホ
2020年製作/66分/韓国
原題:Introduction
配給:ミモザフィルムズ
1月10日(土)よりユーロスペースにてロードショー


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