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別冊ホン・サンス
「正しい日 間違えた日」

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溝樽欣二


「何やってるんですか?」「バナナ牛乳飲んでます。
あなたは何やってるんですか?」「座っています」

今回はまずチョン・ジェヨンという主演俳優のことから始めたいと思う。

最後まで映画を仕切っていると言ってもいい、ほとんどワンマン映画に近いイメージだ。もともとはちょっと強面のイメージがある俳優だったが、この映画では、ホン・サンス映画のお決まりの監督役をさらにユニークなキャラクターとして演じた。この人が画面に現われただけでキャラクターが一眼でわかるような、そう、日本で言うと三國連太郎や杉村春子レベルだと思う。この映画は5分とか10分くらいの長回しロングシーンで全部作られていて、これは役者の演技を重視した作り方だが、それに耐えられる、真の俳優がチョン・ジェヨンだと思う。

そして、この作品からホン・サンスは“移動”をしなくなった。半径数百メートルぐらい(言い過ぎか!?)でほとんど物語は完結している。映画の空間=その街の空気感というか、『水原』という地方都市がとても美しく撮れていた。ホン・サンスでいつも感心するのが色彩の美しさで、初めはオレンジの光が印象的に使われていた。最後は、これはたまたま雪が降っていたのか!? 白いイメージにすっきりと着地している。

撮影の仕方は非常に凝っていて、チョン・ジェヨンを撮るにしても、横顔にフィクスしていたり、ちょっと正面からだったり、キム・ミニとの位置関係も毎回変わる。飲み屋ではカウンターに並んでいたり、カフェでは向き合っていたり、屋上では並んで立っていたり、キム・ミニが絵を書いているシーンでは後ろからちゃちゃを入れるとか、その時々のシチュエーションによって、ふたつの正しい日と間違った日を繋ぎ合わせていると思う。

もうひとつ、キム・ミニがホン・サンスの映画に初めて出たということに言及しないわけにはいかない。韓国の女優は目が大きくてグラマラスなイメージがあるのだが、キム・ミニはちょっと何を考えているかわからないミステリアスな感じがあり、今までにない、でも今日的な女性の自然な魅力を引き出したように思う。

印象的なのはファーストシーンで、「何やってるんですか?」と聞いたら「バナナ牛乳飲んでます。あなたは何やってるんですか?」「座っています」というまるでコントのようなやり取りで、キャラクターを表している。一番大事なのは出会いをどういうふうに作るかということなのだが、ここでは「映画を作っています」「知っています」と、拍子抜けするくらいに滑らかに話が進む。映画監督が韓国の文化的な人にどう受け止められているかがよく分かる。

ラストも彼女は映画を観るためにやって来る。映画が始まったら監督と別れて映画を観るのだ。地方で上映会をやってもぜんぜん客は入らないのだが、でもちゃんと観る人はいるということがラストで押さえられているのは、韓国のインディペンデント映画に対するホン・サンスの讃歌だろう。チョン・ジェヨンがキム・ミニの絵の評価をしているところでも言っていたが、『映画はこうすれば全てが許されるということではなく、むしろ悩むし、自分の作品には自信はない。それでもやっているんだ」というセリフには共感した。

ホン・サンスの作品としては初めて、人間の愚かさとか汚い部分とかには目をつぶって、なるべくポジティブな流れにしようとしたのではないか。苦い感じがない終わり方も珍しい。「正しい日 間違えた日」というほど極端に間違えたというふうには感じられなかったし、それよりむしろ、人間を多面的に見せる作品だ。

この後、「夜の浜辺でひとり」でまたぜんぜん違うスタイルになっていくので、一概には言えないのかもしれないが、この作品での変化はやはりひとつの転換点と言ってもいいのではないかと思う。


「別冊ホン・サンス」

「正しい日 間違えた日」
監督・脚本・製作・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演:チョン・ジェヨン/ム・ミニ
2015年/121分
英題:Right Now, Wrong Then
協力:クレストインターナショナル
3月21日(土)よりユーロスペース他にて全国順次公開


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