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review

柳川
連続レビュー壱

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相田冬二


何処でもない場所、
死後の世界を思わせる戯れがある

「慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ」のチャン・リュル監督最新作「柳川」。今週より4週連続で視点を変えてのレビューを掲載する。

「慶州 ヒョンとユニ」「群山」「福岡」ときて「柳川」。

初期には「重慶」という作品も撮っているようなので、チャン・リュルは、土地の名前に愛着と宿命を感じる映画作家なのだろう。

アメリカ映画などでは主人公の名前をそのままタイトルにする作品も少なくない。
舞台となる地名を題名に選ぶ映画もそれなりにある。

だが、チャン・リュルの場合は、そうしたシンプルな選択ではなく、土地が孕むある種の自縛に自ら身を投じているようなところがある。

そして、そのとき、重要なのは、地名の語感でもあるのだろう。
土地の名前が、呪文にもなるような映画を、彼は創り続けている。

今回で言えば、ヤナガワ、ヤナガワ、ヤナガワ……そんな作品である。

中国で生まれ、ほとんど韓国人のように韓国映画で活躍し、日本でも作品を撮る。

国籍不明の流れ者であるチャン・リュルは、土地に対してもドメスティックな深掘りをするのではなく、あくまでも、詩的なイメージとして捉えている。

つまり、何処でもない時空を出現させるために、具体的な場所にコミットしている。

福岡の南部にある柳川。
オノ・ヨーコの祖父の生家があることで知られる。
この固有名詞は会話の中にも出てくるし、当然のようにジョン・レノンの名も語られる。

この土地の名物と言っていい、川下りの情景もある。

また、夜の川が実に美しく捉えられている。

だが、この映画は、一切、観光映画めいた趣を醸し出さない。

なぜか。
そこが、あの世のように思えるからだ。

何処でもない場所。
この感触は「慶州」「群山」「福岡」にもあったが、これら3作が纏う夢のフォルムのもっと先、死後の世界を思わせる戯れがある。

余命を知った北京の中国人が、そのことは伏せたまま、自分とは対照的な性格の兄を誘い、日本の柳川で旅をする。

柳川には、かつて兄と付き合い、弟も恋焦がれた女性が、バーで歌を歌い暮らしている。兄弟が宿泊する宿(民泊のようでも民宿のようでもある)の主人もまた、以前から彼女が気になっている。

この宿の主人に扮しているのが池松壮亮であり、この4人全員が一堂に会する小体な居酒屋の女将が中野良子。

ふたりとも抑制が魅力を画面に滲ませる素晴らしい演技を披露している。

言語が違う者同士が、それぞれの言葉で話し、ニュアンスだけで理解しあう。

過去のチャン・リュル作品にもあったシチュエーションが反復されるが、これほど自然で、これほどの幸福には達していなかった。

ヒロインと中野良子がただ無邪気に笑いあう。

そのありようは、文字通り、言語を超えているが、さらに言えば、この世ではない風情が確かにあるのだ。

川下りにおける兄弟の対話は、舟のスロウな進行とも相まって、この世からあの世への道行きを想起させる。

兄は陽気でざっくばらんな人物であり、ここで交わされている言葉は実に取るに足らないものであるからこそ、弟にとっても、兄にとっても、最初で最後の旅であることが、伝わってくる。

このリアルな切なさと、しかし同時に、これは現実の出来事ではないのではないか、と感じさせる。

この複合的な情緒は、チャン・リュルにしか生み出せないものだと思う。

再会した者たちは、想い出を語り合うことしかできない。

とりわけ男たちは、過去に耽溺し、いま=現世を見失っている。池松壮亮もやはりそうで、過去にしか思念が向かっていない。

だが、女たちはそうではない。
過去でも現在でも未来でもない何処で、ただ笑っている。

そんな女たちの存在もまた、男たちがあの世で見ている幻想なのかもしれない。

とりとめなく続いていくかに思えた映画は、ラスト数分で趣を変える。

あたかも、川面に映っていた景色のほうがほんものだったのだ、と言わんばかりの、素っ気ない鮮やかさ。

わたしたちは、そこで我に返ることで、見てきたものすべてを反芻することになる。

いい映画だ。


「柳川」

監督・脚本:チャン・リュル
出演:ニー・ニー/チャン・ルーイー/シン・バイチン/池松壮亮/中野良⼦/新音
2021 年/中国/112分
配給:Foggy/イハフィルムズ
12月30日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
12月16日(金)よりKBCシネマにて福岡先行公開

「福岡」
「群山」

12月23日(金)より新宿武蔵野館(東京)にて一週間限定公開
12月23日(金)よりKBCシネマ(福岡)、12月30日(金)より横浜シネマリン(神奈川)ほか順次公開

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