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柳川
連続レビュー弐

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佐藤結


彼ら同士が話す中国語、日本人と話すときに
使われる英語や日本語が混じり合う

「慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ」のチャン・リュル監督最新作「柳川」。4週連続で視点を変えてのレビューを掲載する。その第2回。

中国、韓国、そして中国と居を移しながら映画作りを続けているチャン・リュル監督。

彼の作品の中では、カメラでとらえられた人や風景の意味が、層のように重なっている。

常連であったアジアフォーカス福岡国際映画祭に参加したことがきっかけで訪れたという柳川を舞台にした「柳川」では、まず、その地名に二重の意味を持たせた。

余命いくばくもない中国人の主人公ドンが思いを寄せ続けてきた女性に、“柳川”という漢字の中国語読みと同じリウ・チュアンという名をつけたのだ。

彼女はかつて住んでいたロンドンで、この街出身の男性と出会い、「あなたは僕の故郷だ」と声をかけられる。

陳腐な口説き文句かと思われたその言葉が文字通りの意味であることを知ったチュアンはその地で暮らすようになる。

一方、街の中を網目のように張り巡らされた堀割で有名な柳川の風景は、北京の観光地である湖の街・後海(ホウハイ)と重ねられる。

そこは、かつてドンがチュアンや兄チュンと共に頻繁に訪れた場所だった。死を前にして、疎遠となっていた兄を誘ってチュアンに会いにやってきたドンは、最愛の人と同じ名を持ち、思い出の場所と見まごうような柳川で、忘れられない過去の日々へと戻ろうとする。

しかし、ノスタルジーを楽しむようかのように過ごすチュンとチュアンの横で、自分の病についてはもちろん、思ったことを何一つまともに口に出すことができない彼は、ただ静かに焦るばかりだ。

短い滞在期間の中で彼らが度々訪れる居酒屋の名前「堀留」からも、二重の意味が読み取られる。

ドンが滞在する宿の主人は「水路の終わり」を意味する「堀留」という店名が中国語では「体を曲げる」という意味になると語り、自ら寝転んでその動きをしてみせる。

そして、そのポーズはラスト近くでチュアンによって繰り返され、流れていた時間の終わりを感じさせる。

チャン・リュル監督は、初めて柳川を訪れた時の印象として「水路があって、迷宮に入りこんだように感じました。

そして、どれくらいここに住んだら迷宮から抜け出せるのだろうと、突拍子もないことを考えたりもしました」と語っていた。

もしかしたらドンは、愛する女性と兄と共にこの地に迷い込み、永遠に留まることを望んだのかもしれない。

しかし、結局、彼はこの地を離れ、兄チュンによって「弟と似ている」と指摘された宿の主人の娘が、理由も示されないまま行方不明になる。

まるで迷宮の中に消えてしまったかのように。

中国からやってきた旅行者が主人公となるこの映画では、彼ら同士が話す中国語、日本人と話すときに使われる英語や日本語が混じり合う。

その中で、中野良子扮する居酒屋の主人と、ニー・ニー扮するチュアンが、各々、自分の言葉で心情を吐露するシーンが美しい。

と同時に、中国語を解さない私には微妙なニュアンスはわからないのだが、北京出身のドンがある時を境に北京方言を話さなくなったという設定が、彼のチュアンに対する深い愛情の証として登場することにもはっとさせられる。

中国語と朝鮮語という二つの言語の中で生き、首都である北京の言葉は「大きな権力と結びついている」と語るチャン・リュル監督ならではの繊細な感覚が伝わってくる。

「キムチを売る女」(05)の公開に合わせて来日した際は中国語、「慶州(キョンジュ) ヒョンとユニ」(14)の時には韓国語、そして、今回、「柳川」については中国語で語ったチャン・リュル監督。

そこにどんな意味があったのだろうかと、今更ながら考える。


「柳川」

監督・脚本:チャン・リュル
出演:ニー・ニー/チャン・ルーイー/シン・バイチン/池松壮亮/中野良⼦/新音
2021 年/中国/112分
配給:Foggy/イハフィルムズ
12月30日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
12月16日(金)よりKBCシネマにて福岡先行公開

「福岡」
「群山」

12月23日(金)より新宿武蔵野館(東京)にて一週間限定公開
12月23日(金)よりKBCシネマ(福岡)、12月30日(金)より横浜シネマリン(神奈川)ほか順次公開

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