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柳川
連続レビュー肆

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賀来タクト


そこにいるだけでいい,
そこにいて感じるだけでいい

「慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ」のチャン・リュル監督最新作「柳川」。4週連続で視点を変えてのレビューを掲載する。その第4回。

柳川には行ったことがある。大学時代の後輩を訪ねていったときのこと。もう15年以上前のことになる。

「日本のヴェニス」というたとえが正しいのかどうかはわからないけれども、心が和む場所であったことは確かだ。

ことに、掘割の水面を船で渡る際の、あの静けさ。
その果てに満ちていく抒情的で豊かな何か。
それはこの映画の気分に相通じるものだった。

映画「柳川」は、その柳川でひとときを過ごした男たちの物語である。

同時に、地名と同じ名前を持った女性(ニー・ニー)との再会を描く物語である。

チャン・リュルという人は「土地」に人を送り出す作家だ。

その土地に行く理由は何でもいい。
何かのきっかけを与えて、そこを歩かせる。

誰かと会わせる。
話をさせる。
そして、別れをさせる。
ただ、それだけ。

時に、その「土地」にしか関心がない印象も受ける。

なんらかの土地への思いが先にあり、そこへ人間を立たせる。立たせたれば、何かが始まるだろう。

なんらかの行動理由が生まれるだろう。
人間関係が後付けで成立し、それがやがて本筋へと逆転していく。

柳川という土地にふれたとき、その愛着から「柳川」という名の女性像も浮かんだのではないか。

運命の場所と女が定まったとき、それをめぐる男たちも具体化した。

男たちがそれぞれ抱える弱みも明確になった。

無論、こちらの勝手な想像だけれど。

不治の病を抱えた弟(チャン・ルーイー)と男性機能を失っている兄(シン・バイチン)は、両者とも「運命の女」にふれることはできない。

事実上、死んでいる。
死人同然。
黄泉の国で恋する相手に会うようなものである。

その構図でいけば「古事記」のイザナキとイザナミの神話を連想させる。

死んだ妻を黄泉の国へ追いかけたイザナキは「見てはならぬもの」を見るという禁を犯し、結局、妻を取り戻せない。

「柳川」という映画の場合、男と女、どちらがより死んでいる状態なのかは判別できないけれど。

もうひとりの男(池松壮亮)も女を獲得できない。

もっとも、彼の場合の「運命の女」は若い頃にもうけた娘といえるかもしれない。

ただただすれ違う父娘のエピソードも、柳川という場所に立ったときにチャン・リュルの妄想から生まれたものだろうか。

父娘に妙に実体がないあたりも、奇妙にして得心のいく設定である。

池松が演じる宿屋の男が登場しなければ、この映画は短編として完結していたかもしれない。

かつてチャン・リュルと六本木で酒席を囲んだとき、本当にただのオヤジに映った。

何にも中味のない、くだらない話題ばかりが通り過ぎていった記憶がある。

でも、嫌な気分にはならなかった。

むしろ、楽しかった。
その何も押しつけてこない感触、何も考えていないような気分が不思議と心地よかった。

チャン・リュルという人は、いい意味で「空っぽ」なのだろう。

「空っぽ」は自由だ。
チャン・リュルという「空間」は、きっと俳優にとっても心地よいのではないか。

そこにいるだけでいい。
そこにいて感じるだけでいい。

もし真に「空っぽ」なら、一種の「阿呆」ともいえるかもしれない。

しかし、阿呆は天才と紙一重なのである。

阿呆な人との時間はこちらも阿呆になれる。

チャン・リュルの映画を見るとき、我々はチャン・リュルという「土地」へ案内されたもうひとりの人間になっているのかもしれない。

そこはきっと静かで心が落ち着く場所。
柳川の掘割のように。

掘割の水面を船に乗っていると、時折、頭を下げないとくぐれない橋に当たる。

腰を曲げて橋をくぐったとき、その橋のたもとに一匹のヘビがとぐろを巻いてジッとこちらを見ていた。

そんな光景を、この映画を見ながらふと思い出した。

チャン・リュルもあのヘビに会っただろうか。

チャン・リュルの映画はいつも見る者に「感じさせる」。

手前勝手な解釈を許してくれる。

翻って、それがチャン・リュルにとっては柳川という土地であった。女性であった。


「柳川」

監督・脚本:チャン・リュル
出演:ニー・ニー/チャン・ルーイー/シン・バイチン/池松壮亮/中野良⼦/新音
2021 年/中国/112分
配給:Foggy/イハフィルムズ
12月30日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
KBCシネマにて福岡先行公開中

「福岡」
「群山」

12月23日(金)よりKBCシネマ(福岡)、12月30日(金)より横浜シネマリン(神奈川)ほか順次公開

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